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28.手駒

現実世界のマーガレット王女とロイは、ついに国王から呼び出しを受けていた。


「この小説は?お前たちなのか?」


家族のみの謁見のため、ここは王座の間ではなく、王の居間ともいうべき私室。

第六王子のマイカルに毒されているのか、飾っている肖像画の背景に汽車が描かれている。

居間といえど、経済大国ぶりを表しているような重厚でどっしりした家具が揃えられていて、深いエンジのベルベットのソファは王女の軽い身体すら、沈み込みそうになっている。


マーガレット王女は、昼の謁見に合わせてた清楚なクリーム色のサテンワンピース。ほっそりした首元と裾には、繊細なレースがあしらわれていて、単色のドレスに可憐な華やぎを添えている。


その後ろに直立するロイ。当事者ながらも、王女の様子から目を離すことなく見守っているのは、さすがは騎士か。


「はい。私が、モデルとなっています。原作は、絵画で、それをもとに、グレイトヒルドのアーサー王子殿下のものすごく親しい友人さんが書いて下さった小説です。」


「そうか。ところで、その小説に出てくる舞台として、国境地帯の開発と国際列車まで走らせているようだな。岩場の奥の土地も開発しているようじゃないか。王家直轄領なのじゃがな。一応。」


「それは借地料設定しておりますので良いではありませんか。」


「その件は承知している。うまく利用されたもんじゃな。


父王が頷いてくれたことには安堵するが、領土の問題を. 指摘したいのなら、もっと公の場でマイカル達も入れての謁見となるはずだ。

マーガレットとロイだけが呼び出されたということは、間違いなく縁談の話が主題だろう。


「この本は読んだが、ロイを叙爵してマーガレットを降嫁させるわけにはいかんのじゃ。」


父王がマーガレットの目を見て話をする。

父である前に王。私も娘である前に一国の王女という運命を背負っている。


『王女である以上、王の華麗な手駒であれ。』


私は母にそのように育てられた。将来、王となる王太子以外の王の子が、自分自身を捨てて手駒となることで王の描く理想の国造りを実現させていく。

それは、さしたる資源のない我が国が、ここまで経済大国として発展してきた所以なのだから仕方のない教えだ。


どのような縁談でも受け入れなければならないけれども、この小説のモデルだと王に知られた以上、私の輿入れにロイは連れてはいけないだろう。


そう思うと、泣くつもりはなかったのにマーガレット王女の華奢な肩が震えた。ロイは流石に王の意図を察して、そっと手巾を手渡しただけで後ろにそのまま控えた。

差し出された手巾からは、ロイがいつも使っているコロンの香りが漂って余計に涙が止まらなくなりそうだ。


「お前に良い縁談話がある。」

ついに最後通告か。どうじゃ?と聞かれたわけではない断定形を使った王に逆らえるものはこの国には一人もいない。


王が手を叩くと、侍従が大きな箱を居室に運び入れた。肖像画だろうか。

等身大だろうかと思うほどの大きな木箱だ。


「ロイ。お前はこちらに来るのだ。この壁際のあたりがよかろう。と、父王の斜め後ろ側の壁際を指す。

流石に勝てない恋敵の肖像画をロイに見せないようにする配慮だろう。部屋から出さないのは、ロイが騎士として平静を保ているか試されているのかもしれない。


少し涙を流して落ち着いたのか、マーガレットは王女の顔に戻っていた。


「じゃあ、肖像画を見てみるか。」


と尋ねる王にマーガレットは、頷いて見みせる。ただ、ロイからは王女のふるえる指先が見えて心配を誘っていた。


木箱が開けられ、ロイとマーガレット王女の間にも立てかけられたのは。


立派な額縁だった。王家が使うだけあって青銅に繊細な彫刻が施された逸品と称して良いほどの額縁。


その額縁だけが、マーガレット王女の方に正面を向けて置かれる。


「お父様、絵が絵がありませんが。」


「そうじゃな。お前以上に上手に書ける絵師を見つけられなかったから、モデルをみせることにしたんじゃ。」


額縁の中では、ロイが真っ直ぐな目でマーガレット王女を見守っている姿が見える。すりガラス一つ入っていないのだから当然だ。


マーガレット王女は、嬉しいのか悲しいのかわからず、でも目にいっぱい涙を溜めて父王を見た。


「でも、ロイの叙爵での降嫁は駄目だと今おっしゃいましたよね。」


「そうだ。ロイではなく、マーガレットお前に女伯爵の爵位をあげよう、領地はあの国境付近一帯。岩場中心の町になるが、そこをうまく運営するのじゃ。」


「女伯爵?」

この国に今まで女伯爵は一人しかいなかった。それも男の乳児を抱えた未亡人が子どもに物心がつくまでの数年のみの拝命だったはずだ。


「そうじゃ。もし、ロイが叙爵してしまうと、あの3カ国で売れ続けている小説に続きはどうなる?伯爵と私なんて別に珍しくもなんともないタイトルだと婦女子の人気は凋落してしまうだろう。ところが、マーガレットが叙爵するとどうじゃ。」


「女伯爵と騎士。」


マーガレットは呟くように答えた。


「荒野を果敢に収益に上る領地に変えるために戦う女領主。それを支えてくれる忠義ある騎士の夫。これは、続編の方が売れることに間違いなしであろう。あの小説を読んで、マーガレットの子どもの頃の逞しさも思い出したことだしたこの図式が一番いいと思ったのじゃ。」


先を見据えた話に王女が目を見開いているのを見ながら王は話を続ける。


「先ほど、うまく利用されたと言ったのは褒め言葉じゃ、経済は利用されたものも勝ち。どれだけ、利用し利用されるか。どんどん利用されていいのじゃ。そうやって我が国だけでなく周りに国も含めて幸せな世の中を作っていく。それが、私のそして王女であるマーガレットの役割でもあるのじゃからな。」


満足そうにご自身の言葉に肯く父王をみてマーガレットは二つの願いが叶ったことを実感する。


一つは、もちろんロイとの縁談が叶うこと。


そしてもう一つは。『華麗なる手駒』になれたことだ。


「謹んで拝命いたします。」

マーガレットは立ち上がって膝をつき、王女としての礼ではなく、臣下の礼をとって父王の命を受けた。

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