26.主従恋愛は岩をも通す
国境地帯にナルシア様が滞在をはじめてしばらく経った頃、リゾートに膨大な絵が届く。肖像画と言った感じではなく、イラストのような、この世界はご立派な肖像画がほとんどなため、それでいえば下書きなのかもしれないけれど。
「上手いですね。さすが。しかも、きちんと目的がわかって作ってくださっている。ストーリー仕立てですね。」
その絵の始まりは幼少の頃のマーガレット王女殿下と護衛騎士のロイ。
ロイは准貴族だが、代々王族の護衛を行っている家に育ったため子どもの頃から王城に出入りをしていたという。
マーガレット王女はかなりお転婆な少女で、描かれていたイラストは、一面のコスモス畑でロイを馬として乗りこなしているものや、美麗な街並みを背景にロイと背中合わせに腕組みをして立っている足元には少年たちが打ちのめされて転がっている図などのものであった。
顔は100%少女漫画で、瞳キラキラ、金の巻き毛を美しいパステルカラーリボンで結んだ美少女だっただが、その行動だけを見れば完全なガキ大将じゃないかと思ってしまうほどのものだ。
その後、少し成長した王女が肖像画を前に首を振っている絵に続き、夜の街に出ていく絵。王女の後を走って追う王女。
肖像画は婚約者候補の姿絵だろう。婚約を否定して、姫としての価値を貶めるために、危険な街に向かっているのだ。
その王女の手首を強く握り王城に連れ戻すロイ。
その後、マーガレットの正面で90度に頭を下げているロイ。
次の絵が理由を示していた。
王女が例え、王女の価値を下げて他国の王族や貴族に嫁げないようになっても、王女に僅かでも傷がつけば自分は自害するしかないというのがロイの立場だというのだ。
そこからは、平穏で優雅な王城での二人の姿が描かれる。
お茶と一緒に出されたお菓子の美味しさに、こっそロイにお菓子を渡そうとして遠慮されている姿。舞踏会で、相手の男性をロイに見立てて上手にダンスを踊りすぎて、求婚されてしまった絵。きちなみにその時にはロイがあえて王女のドレスに汚れを見つけて会場から抜け出させている。
また、ある時は階段でつまずきそうになった王女を後ろから支えるロイ。
王女自身が、このイラストを描いているためか、普段護衛騎士がいることを意識させないようなシーンでも、例えば遠目に柱の影から見つめていたり、数歩後ろを歩いているような日常シーンでもロイには柔らかな光があたっているように見えた。
王女のほのかな愛情が常にその灯りを照らしているようで、見ていると切なさに胸が締めつけられそうになる。
このお二人に、幸せになってもらいたいが、どうやって。
「王女が他国、または有力貴族に嫁ぐことにディストレアンが求めているものって何かしら。王女の幸せ?和平?経済効果?血筋の維持?」
とマイカル様に問うと。
「ディストレアンは経済的な大国だけれども、国土としての資源は乏しいところデシね。だから、和平というか領土が狙われるのを防ぐためというよりも、より経済関係を熱くするために王族の婚姻を利用する。」
「それなら簡単ね。ディストレアンに多大な利益をもたらすコンテンツビジネスを利用すれば良いのだわ。ゼロから莫大な利益を生み出せば王族の結婚式特需なんかよりも。」
主従恋愛は、小説の人気ジャンル間違いなしだわ。
書き起こしてみせる。
絵はからっきしの私だが、日本でも旅ライターだった。ライターとしてこの絵の内容を書き起こして、感動エピソードを書した。
小説だけにフィクションも許される。特にクライマックスが重要となるのだけれども。
まだ割っていなかった岩。あれを障害物に見立てよう。
王女のために手を引いてくれと言われたロイは、鉄道で王都から国境地帯に向かう終着点までロイを追いかける。
ロイは鉄人クラスの騎士であるためロッククライミングの要領で岩山を乗り越えて 、グレイトヒルドに向かう。
追いかける王女はあの高い岩に阻まれてロイを阻まれる。王女はこの岩を乗り越えようとするが、途中で手に怪我をしてしまう。
私に怪我をしてしまったことが知れたら、ロイが死んでしまう。
そのことを思い出した王女は、静かに身を引こうと岩を下りて城に戻ろうとするが。
その時、空に柔らかく温かな光が現れて奇跡が起きる。
V字型に綺麗に割れた岩とみるみる治る王女の手の怪我。
王女は、岩の間を走り抜けてロイ再び出会う。
その後、奇跡を起こしたのは、稀代の魔法使いといわれていたマーガレット王女の母王妃だったとわかる。お互いに相手のために身を引けるほどの想いがあれば、王女が身分違いの恋を成就させて苦労はしたとしても、不幸になることはないとわかったから再び出会わせたという。
恋愛と、母娘愛を盛り込んだ話に仕上げ、3カ国で売り出す。簡単に3カ国での商人と関係ができるのがこの地域の利点だ。
そして、物語に合わせて岩山を割る。初めは魔力のテストのために破ろうとしていたので貫通させられればそれで良いと思っていたが、物語に登場するとなると割り方にもイメージが大切だ。
アーサー様とボンブが協力して幾つかのポイントに傷をつけ衝撃を与えた時に小説に出てくるのと同じ割れ方となるように計算してくれたのだ。
チャンスは一回きり。力を入れすぎて粉々にしてしまったら元の岩山には戻せない。
岩山を破る当日。
岩山の前で、私は緊張を抱えていた。強すぎる感情だと岩を砕いてしまう可能性があるからだ。
その時、アーサー様が私の手を握ってくれた。
「余分な魔力は私の手に流せば良い。私がコントロールするから。」
私は、この岩山の先にあるまだ行ったことのない国への期待、まだ会ったこともないけれど、心から幸せを祈っているマーガレット様とロイ様に会いたい気持ち、そしてアーサー様との関係への期待と不安。色々な感情が降り混ざった魔力を練り上げ真上から岩山に落とす。
スパン
と岩山は計算通り真っ二つに割れて、アーサー様側に流れた余分な魔力を使って、アーサー様は細かい水の粒を作って岩山に降らせた。破壊の衝撃を和らげるための水のクッションだが、晴れた空から降る水の粒は、キラキラと光を反射して岩山を包み幻想的な光景を作り出す。
美しさで胸がいっぱいになる。
私たちは誰も、しばらく言葉を発することができないほど、その光景に見惚れてしまっていた。




