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25.後ろめたさは恐怖に変わる

ぽちゃん。


頬に何かが落ちる感触に王太子の目が覚める。頬を触るとベタベタしていて、そのベタベタを触ると手が黒くなる。近衛を呼ぼうと思ったが、こんな些細なことで騒いでるとなるとナルシアの前で格好が悪い。


ん、腐臭がする。何か食べ物でも片付け忘れて腐らせたのか?

と、不審に思っていると、壁に赤い線が伝う。血?


わずかに魔法の気配がするが、このベタベタが魔力で出現している風でもない。魔力ではない、禍々しい何か。


呪術!?


耐えかねて、表の近衛にそっと声がけしようとベッドから降りたとき、ナルシアとの部屋の間にある側の扉が少し大きい音を立てて開いた。


何か禍々しい気配を感じて。と、蒼白な顔をして不安げに震えながら部屋に入ってくるナルシア。


一人じゃなくなってホッとしているなんて、悟られないよう。怖いなんて思っていないように見せなければ。


「そうだな。幸せな私たちに対する嫉妬でもあるのかな。アハハ、エリゼあたりが。死ぬ前に仕掛けた、呪い?」


強がったはずが思い至った恐怖に足が震える。

なにせエリゼの魔法の能力は成長過程でまざまざと見せつけられてきた。それを考えると死してなお、呪いをかけることなど、彼女に取っては難しいことであるはずもない。


その時、


「なんだが寒くない?冷気が.......。」

外からかしら。


ナルシアが重厚なカーテンを開けて、外を見る。


「ヒッ。エリゼ様.....。」

「エリゼ⁉︎」


カーテンを開けると現れるガラス戸にはあらかじめ魔法器具で仕掛けを施している。

中央部分のみが外側からの映像を映すスクリーンになっていてその下部はすりガラス効果で映像がぼやけるようにしている。

そのガラスに遠隔地から送ったエリゼの画像を送り込むようにしている。そうすると。


その映像効果にナルシア様の抑えた恐怖の声が真実味を与える。声を抑えているのは、外にいる近衛に聞こえないように。先ほど部屋の扉の開け閉めにあえて音を出したのも近衛が中の二人に気を遣って中に入らないように仕向けるためだ。息を吸うように、自然に演技ができるナルシア様である。


「エリゼッ。生きて.....いたのか。流石の魔力だなこんな高いところまで浮いてくるなんて。」

「いえ、デューイ様、それは違いますね......。だってエリゼ様の後ろに透けて見えません?外。それに大きな魔力も感じないでしょう?」


感覚の鈍目な王太子様に対してのナイスフォローだ。

ちゃんと、気にするべきポイントを教えてあげないと危機の感じ方もわからないとは本当に手がかかる相手だ。


「へっ。化けてきた?何しに来たのだ?」


『もう苦しいの私を手の届かない遠くに行かせて....。』


直接脳に働きかけるように、声だけを届ける。耳から聞こえてこない違和感も効果的だろう。


このアイデアは、マイカル王子からもらった。騒音のあるところでも音が聞こえる骨伝導マイクの原理を魔術式に組み込み、微弱な魔法で流している。


「それは、願ってもない望みだからもちろん承諾する。許すぞ。」


『貴方に許してもらうことなどありましたか?』


エリゼの方は演技ではなく、思わず本心が出た般若顔だ。うっすら透けて見える般若顔は本当に恐怖を煽ってくれる。


「では、何をせよと申す。」


『私が遠くに行くために必要なものは沢山あるの。我が国にないものも含めて毎日揃えていただくわ。』


「遠くにいかなければ、どうなるのだ?ここに居つくのか。」


『居つくだけで済めば良いのだけれど。』


「外が何か明るいわ。」

とナルシア様の声に二人でバルコニーに出てみる。


バルコニー向かいにある塔の下部に生まれた炎が、見る間に広がって塔全体を包み込むかのような大きさに広がる。


そして塔から飛び出す二人の影が。逃げ惑っているのか、髪も服装も乱れている。炎から離れて壁をこえると。


炎ではなくほのかな明かりに変わりその明かりの中、次第にくっきりとギロチン台のようなものが現れて。大きくなったギロチンが遠目に変わると、動物だろうか、何か生き物ならざる不思議なものが、ギロチンの周りを踊っているかのようだ。足、耳、尻尾4つ足動物として本来あるべき場所についておらず、長さの揃い方も不自然で、踊っている様子がとても苦しそうだ。


動物の動きを見ているだけで、息が苦しくなってくる。

やがてその動物達も大きな炎に包まれて消えていく。


刃物が振るわれる音が脳に響き、再び真っ暗になる。


「わたしを処刑するつもりか。」


「うふふふ。私に必要となるものは、ナルシア様に伝えるわ。」


隣にいたナルシアと手をにぎり合うと、その間にネチャっとした感覚が……。


慌てて手を離してみると、どちらも全く怪我をしていないのに血がついてて、やがて錆びたような匂いを残して血は跡形もなく消える。


「寒っ。」


後に残ったのは、特大の冷気と静寂だけだった。


「私、怖いですけれど、エリゼ様が遠くに行くときに必要なもの他国分も含めて集めますわ。毎日必要となると、しばらくは国境地帯にいけばいいのかしら。」


「そうだな。私も行ければ良いのだが……。エリゼはナルシアに必要なものを伝えるといっていたしなあ。」


と、ついついホッとした笑みをもらしながら自分はいかないことを主張していた。昔から苦手なものから逃げるタイプの男だった。


「でも、毎日必要なものを他国からも入れないといけないとなると人手と、後いろいろ決めないといけない取り決めとか。私でいいのかしら。」

「いい。全ての権限を君に与えよう。まだ、婚約者だが。そうだ。国境地帯のあのほとんど何もない森の地帯、あそこは国直轄領だから、婚約記念に君の領地にあげた事にしよう。それなら、君も権限をふるえる。」


「他国とのお取引権限も?」


「もちろんだ。そ、そうだな。王妃教育の一環だ。君が、私に頼らず、やってみるというのがいいだろう。そうだ、私も手伝ってあげたいが、手伝わないことが君のためだろう。私なら当たり前にできてしまうだろうしな。」


乾いた逃げ笑いが、ナルシア様の心を苛立たせるが、もちろんそんな苛立ちは表にも出さない。


「私頑張りますわ。早速明日には国境地帯に向かいましょう。殿下は私への領地譲渡の手続きをお願いいたしますわ。」


と、自信なさげに頷いて私室に帰っていく。

私室に戻ると、戻っていた軍メンバーとの間とポーズだけで祝杯をあげる。軍メンバーはそのまま音も出さずに立ち去った。


「あの炎、なんだったんですの?あれだけの大きい炎が上がっていたのに、翌日塔を見に行ったらなんともありませんでしたわ。」

後日、国境地帯に現れたナルシア様は私達と合流して、人払いをすると開口一番そう尋ねてきた。


「あれは、3Dマッピング技術を利用した映像ですわ。」

「3Dマッピング!?」

「魔力で表した映像を塔をスクリーンといってもわからないと思うけれども、塔に動く絵を映し出したということよ。」

「本物みたいでしたね。でも何よりもあの踊る動物達の気持ち悪さが傑作でしたね。よくあんなところに足だとか、不揃いの耳とか思いつきましたね。」


「いえ、あれは私とサラが普通に動物達が天国で踊っているイメージを書いたのだけど。」

「えっ。」


取り繕いの演技なく、驚愕するナルシア様の表情を私も初めてみることとなった。




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