23.岩山を越えれば
「何もない⁉︎」
岩盤を割って開けた先の景色を尋ねたところ、マイカル様の答えは、何もない......。
何もないってことは砂漠?と聞いても違うという回答。まさかのブラックホールだったりは、いくら異世界でもありえないはず。
エリゼの魔力全体量は、膨大だが、通常使う魔法ぐらいでは、岩盤を突き破るほどのパワーが出るかがわからない。
火山を噴火させたときや、温泉蒸気穴を掘ったときには怒りを源としていたのだが。怒りや嫉妬はとても強い感情だ。それを一気に放出するようイメージすれば岩盤ぐらいは軽く通せてしまうだろう。
「もっと前向きな方向でエリゼには魔力を使って欲しいんだ。ここにいるみんなや村人にエリゼが怒りや嫉妬を向けるような状況を見たくない。」
と、友人想いのアーサー様に告げられ、私も同意する。本音を言えば、嫉妬ならサラに対してその感情を抱かないでもなかったが、サラは私とはタイプも違えば、憧れの男装女子でもある。
どうしても、サラのポジションに自分が置き換わったらという発想ではなく、男性麗人同士の怪しげな妄想が嫉妬心を掻き消してしまう面もある。
それ以外の強い怒りや苛立ちを、となると。
どうしても友だち表現を続けるアーサー様へのもどかしさこれは表には出すわけにはいかないし。
うーん。確かに今岩山すら砕くほどのものって持てそうにない。
私が持てる他に強い感情、岩山を出た先にある世界。踏み入れたことのない土地。
「何より私、あの岩板群の先を見てみたいわ!」
私が湧き上がる感情の中でこの瞬間、最も大きなものを切り取ると。
パアアアアン。
花火が上がった。
あの日の線香花火のような火と対極にある推定高度500m半径240mのいわゆる20号玉クラス。日本で打ち上げようと思っても保安距離の問題で、打ち上げられる花火大会が限られる超特大クラスの花火だ。ぶわあっと無数のオレンジの点が球を描き、そのあと色とりどりの光の矢になって地面に向かって光のカーテンを作る。
「あれが、エリゼの期待か。大きいな。」
アーサー様が破顔して、同じように期待を込めた表情でマイカル王子に尋ねた結果が、さっきの答えだ。
『何もない』
か。
「ただの岩盤平原が広がってるところだから、岩盤群を抜ければ、岩盤デシ。てっちゃんでもロマンを感じないかもね。逆にうちから国境に向かうときは、岩盤の合間に敷設した線路に入って行くという醍醐味はありそうデシけどね。」
マイカル王子はちょっと申し訳なさそうにそう告げた。
この話を聞くほんの数分前から、私たちは岩盤破壊のための作戦会議に入っていた。
「それって何もないじゃないよね。岩盤平原なんてある意味絶景なんじゃない?」
「あれを絶景と言えるのはいろんなところに行って、いろんなものを見尽くして、この何もない岩たちこそ珍しいのだと思えるようになるものデシ。この国だと一面草原、一面岩、一面砂漠が特別だという感覚が薄そうデシ。」
マイカル王子はイマイチ感を出しているけどアーサー様はまだその地を見てないせいか少し前向きだ。
「不毛の地か。この辺境伯領も一時期はそうなりかけた。不毛の地。でもそこに希望の一辺がなんていう展開は良いと思うんだけどな。何か一つでもないのかな。そういったものは。」
「ないということは、何でも作れてしまうということですよね。なんか、ご利益のありそうなものというかパワースポットというか。マイカル王子はタイの国境地帯近くにある芸術品の寺院を知っている?」
「知らないデシね。何駅?」
「あ、ごめんなさい。電車で行けないところは、行かないですよね。真っ白な彫刻も美しい寺院で人も沢山来ているんだけど、無宗教なの。綺麗な芸術品としての寺院。無宗教だけど、祈りをするための絵馬なども売っているの。絵馬自体が銀色にキラキラ輝いて神秘的なところもある。ディストレアンの宗教感はわからないけれども、こういう場所を作れないかと思うのだけれど。」
「ディストレアンは多宗教、八百万の神に近い考え方だから受け入れられるかもしれないデシね。キラキラ綺麗な絵馬か。」
マイカル王子がなんとなく賛同してくれたが、ソープカービングの柔らかさでも手間をかけて仕上げて行く工程をずっと見ていたアーサー様は、気が遠くなりそうな作業を予想してこういう。
「ただ、芸術品級の建物をすぐに作るのは無理だよね。」
「実際の白の寺院はを模すのははっきり無理だと思う。今もものすごく沢山の彫刻で成り立っているのに、出来上がるまでまだ100年近くかかるとまで言われていたし。ただ、一面の岩山だと言われて私が想像したのは一面太陽に光を反射している様子。そのイメージとたまたま一致したのが白い寺院だったけど、岩の道を歩いた先にあるなんか神秘的な建物のイメージだったら岩山自体が、借景となって建物がそこまででも大丈夫だと思う。後は、デューイ王太子への作戦と同じ手法を使って。」
「なるほど、じゃあ白い石を使ってそれなりの建物を作ればいいわけか。ご利益があるわけじゃないから、自分たちの誓いの場に近いイメージだな。簡単な彫刻であれば、アーリーマント村とうちの軍で芸術的センスのある人はカービングでわかっているからなんとか。図柄自体は最も芸術的素養のありそうな.....。エリゼとサラでないことだけは確実だけど。ルークは工業的デザイン志向だし。」
「うちの義妹の絵的センスは抜群で宮廷絵師も驚くほどの腕前なんデシが、言っても王女なんデシね...。」
「経済大国で有名なディストレアンの王女様?だったら対価なんて効果ないでしょうしね。望めばなんでも手に入る立場.......。」
「そうだな。恋愛以外は。義妹、名前はマーガレットというんだが、護衛騎士のロイとお互い想いあっているんだが、ロイは准貴族の騎士職だし、王女が降嫁できる立場にはないんだ。」
「実り難い主従恋愛ですか。それは、胸を締め付けられますね。望んで叶えてあげることが、できればいいのですけど、マーガレット王女様の気持ちを表現することは少なくともできるんじゃないですか。王女様の夢を絵図にしてもらって。過去のエピソードなども聞いてみたいですね。身分差恋愛の辛いところは、実らないだけじゃなくて、身分が高い方の将来の縁談への影響を危惧して、幸せなことも、大切な気持ちも表に出せないところですものね。」
マーガレット王女様にはお会いしたことすらないが、日本にいた頃は旅のお供によくヒストリカルな恋愛小説を読んでいた。小説だと最終的にハッピーエンドが待っているとわかっていても、そこに行き着くまで涙を堪えることが出来ない切ない気持ちを一緒に味わってきた。
空想の世界だけで合ってもマーガレット様には幸せな気持ちを究極まで高めてどんな道へ進もうとも吹っ切れるきっかけを一緒に作れたならば。
私は、旅づくりへの打算ではなく、真水のごとく純粋な気持ちでマーガレット王女に絵を描いていただくことを提案してみたいと思ったらのだ。
だが、実行には打算も必要。私はマイカル王子に、けしかけた。
「マーガレット王女と騎士様の主従恋愛が噂になって、その地が聖地になったら。そこに駅を作って発売できるわね。記念入場切符!」
記念入場切符という甘美な響きにマイカル王子は、すぐにでも王城へ帰りそうな勢いでマーガレット王女への説得策を練り始めた。




