21.アクティビティ
ヴィラが完成して、テントも連日の盛況ぶり。リゾートは目的通りの発展を遂げている。
そして、マイカル様に流通をお願いしていた食材たちも入ってきていたが、その中でクッキングクラスに適したものをいくつかピックアップした。
最もヒットしたのは、『リゾートで習う初めての香辛料』クラスだ。
私が日本で受けてその本格具合に感動した『鯛めし教室』という名の鳴門鯛の捌き方教室もやってみようとしたが、この国ではまだまだ富裕層は下ごしらえをしないという発想から抜け出らず断念。そもそもあの断面の違いによる美味しさの違いは、お刺身で魚を食べ続けている日本人にしかわからない観点だろう。
その点、香辛料教室はどこかハイソサエティな空気感が残る。混ぜる種類、量によっていく通りにも味を変える繊細な部分や扱う時に手を汚さないことなどの条件を見事クリアしている。その香辛料教室、なんとマイカル様が講師を務めてくださる回まであった。
マイカル様が披露されたのは、日本人が考える香辛料料理ナンバーワンともいえる本格カレーだった。
人によっては毎日食べたくなるというほど人気の高いカレー。辛みの調整の仕方や、クセの出し方、香辛料に詳しい専門家から何度もレクチャーを受けて作っていたに違いない完成された一品。
最上級のカレーブレンドを作り出して、鳥料理やパンなど合わせる食材によって香辛料を追加したり、省いたりして味を変えていく。魔法のように紡ぎ出される味と香りは人々を魅了する。特にその香りはクッキングスクールの参加者だけではなく、周囲の人々の興味もひいて、リピート要望が絶えなかった。
その人気ぶりを聞いてなぜか、あの鉄道路線図案を見せられた日からマイカル様に対抗意識を燃やし出したアーサー様も香辛料クラスの講師を務めた。
作ったものは........。
「チャイ?」
元一般市民のマイカル様と異なり、生まれてから今まで苦労はしているものの王族だったアーサー様は調理の過程など経験したこともないはずだ。
でも、そんな中一生懸命ご自分の経験の中からたっぷりのミルクティーに香辛料を混ぜるアイデアを思いついたのだろう。そして、商人からシナモン、カーダモン、クローブとミルクと合わせて煮出す方策なども研究してのお披露目だった。更にジンジャーを加えてクセになりそうな味わいをもたらしている。
出来上がったその味は甘さと香りのマッチングが素晴らしく、チャイを知っている私にも驚くほど美味しいと思われるものだったのだけど。
ただ、クラスの参加者は、アーサー様の美青年ぶりに会場は沸いたが、出来上がったものに対しての反応はカレーほどの称賛は得られなかったらしい。
確かにカレーは初めて出会った時に衝撃的な感動をもたらすことは容易に想像できてしまうからある意味仕方ないのかとも思う。
「甘くて本当に美味しいです。香辛料ってクセになりそうなところが良いんですよね。この感じを出されるまで大分研究されたのではないですか。」
アーサー様のクラスの終わったクッキングクラス用の教室で、私はアーサー様の頑張りを称えた。
「私はマイカル王子に勝てないのだろうか。」
切なげな目線を向けられた。
「アーサー様は勝ち負けにこだわるような方だとは思えないのですが。どちらかといえば、人の良いところは伸ばそうとされますよね。ルーク様とかコリース様とか出来る人を集めて。それとも国が違うと認められない......。とか?」
「国の違い?どんな国とでも和平を結んでお互い発展させていけるものなら私はそれを望むよ。王族としてその姿勢だけは忘れてはいけないと思う。だから......。マイカル王子の邪魔だけはしないと心得てはいるのだが。」
「では、良いではありませんか。カレーとチャイってベストなペアリングですし、邪魔どころが協力しているといってもいいぐらいのものですよ。」
カレーの回とチャイの回、両王子の回を受講できた方カレーの辛味を堪能した後にチャイの甘みでお食事タイム仕上げができるのだ。これ以上のマッチングはないだろう。
「いや、それではたった一人の一番になれ.....ん。いや、なんでもない。そうだな。そんな狭量なことでは王子失格だ。」
「ともかく、マイカル王子と同じ土俵で勝負する必要なんてないと思いますよ。アーサー様に行っていただくクラスがクッキングクラスでないといけないなんて誰が決めたんです?」
「確かにそうだな。私は私の得意なもので勝負すれば良いのだな。」
「アーサー様の剣技や弓使いなんて、神業級だと思いますが、それは他国の方々も来る中、軍の秘密となるかもしれませんね。
ただ、私のもといた国にはリゾートにアーチェリーといってスポーツ的に弓矢をいれるものがありますが。
武器を持ち込ませないのであれば、吸盤式とか出来ないかなと思います。」
「アーチェリー、吸盤?」
吸盤式の構造を説明すると、アーサー様はルーク様にとりもちをベースとして何度も取り外しできる素材を開発してもらい、アクティビティ用の矢を作ってくれた。
「すごい。百発百中。」
矢が吸い寄せられるように的の中心点に止まる。アーサー様は流石の実力で、何本矢を打っても疲れることなく的確にいれるようだ。
簡単に見えて、私もやってみようと 矢をつがえる。
「重っ。」
とふらつきながらも的を狙う。女性用ラインとして、アーサー様の打ったラインより前から矢をつがえる
真剣に的を狙う時間は、リンとした気がして、心地よい。
プシュッ。と鋭い音がして矢が。
......的の前に落下した。
アーサー様が背後からそっと私の背中と腕に手を添えて姿勢を正す。
後ろからいつものひんやりした心地よい気配がして、的というより背中に神経が集中してしまう。
が、いった矢は的の中心とまではいかないが、中心下方にぴったりと止まっていた。
「目を瞑ってどうする。」
と、その綺麗なエメラルドの瞳で覗き込むのは反則だ。私は、ドキドキに耐えられなくなって次々と打つ練習を繰り返すが、その間ずっと続く背後の手と気配にクラクラしそうになる。
禁止だ.......。アーサー王子のアーチェリー講師は女性が集まりすぎてしまうだろう。それは、禁止.......。とこの心地よい空間を私だけのものにしたいというのは強欲だろうか。
でも、これ独身男性の多い軍兵士の良いお見合いになったりしないかな。稼ぐならサラ講師かな。サラは女性だからもっと遠慮せず、両手に手を添えて......あ、でも令嬢がときめきすぎて失神とかしても.......。
その横で全く的を外し続けているマイカル王子の存在を忘れてそんなことを考えていると。
アーサー様は私の後ろを離れて、マイカル様に近寄っていった。やっぱり、誰にでも同じようにあの姿勢で教えてあげるのね......。と、少しの寂しさを感じていた。
が、なんと取り出したのはペンで、矢と的にそれぞれ絵を書き出した。
スパンッ。突然マイカル様の放つ音が『良い音』に変わって、矢が的のど真ん中に当たり出す。
「へっ。」
と、淑女らしくない声を出してしまって真ん中に矢の当たった的を見る。
的には、車輌留め付きの線路が正面から描かれ、矢の先には
機関車らしき絵。
「アーチェリーはできなくても車庫入れなら出来るだろう。」
ニコッと、マイカル様に微笑みかけるアーサー様の対人コントロール術に。
誰も永遠にアーサー様に勝てないかも。その場にいた誰もがそう思ってしまった。




