20.発展と悩み
「なぜ、その大木を二つに割ろうとするのだ。土人形をライバル視するな。協力するんだ!」
はあっと。アーサー様はため息をつきながら、でも楽しそうにボンブに注意をする。
「だって、殿下。こいつ俺より鋭い切れ味で倍の速さで木を切り倒すんですよ?俺も負けてられない。」
アーサー様の乳兄弟がボンブだと聞いた時は、乳兄弟のイメージを崩された気がしていたけれど、じゃれ合う二人を見ているとなんだか微笑ましい気持ちになってくる。
辺境伯家や私の問題を含めて色々心労が重なるアーサー様には、文字通り力一杯生きることに一生懸命なだけのボンブが乳兄弟でありがたいと思うことも多くあるだろう。
私はアーサー様の魔力を借りて、その様子を眺めながら、超高速で土人形を操る魔法を紡いでいた。(途中、ボンブが対抗意識を燃やしている姿があまりに可愛いので私もついつい、土人形を倍速で動かしてみたりとからかって遊んでいたことは内緒だが。)
コリース様も土人形や風魔法を駆使して手伝っている。
ボンブが土人形達とともに作っているの ヴィラだ。
舞踏会に招いたお客様からの口コミ以外にもマイカル様が、王子として商人や、部下の方々を呼び出していただいたおかげで、リゾートは賑わいを見せ、テントだけでは勿体無いと、より収益力の高い建物を追加していくことにした。
各ヴィラの外側には露天風呂を設けた豪華客室として、マイカル王子のおかげで引けた金泉を少し薄めて引き込んでいる。
少し薄めているのは湯当たり防止のためで、成分が濃すぎると長い時間湯を楽しめないという弊害が出てしまう。客室内にせっかくお風呂があるのだからのんびりしてもらおうというのが、この部分の目的でもある。
リゾートの最も果てに近い部分には『アルティメットヴィラ』も準備中だ。
海辺のリゾートでは断崖の上から海を眺められるようになっていたり、中東砂漠のリゾートでもポツンと離れた場所に建って自然のど真ん中感じる立地。
高級なリゾート内の中でも、特別な『究極』の名前を持つヴィラだ。
このヴィラはメゾネットになっていて、2階のバルコニーから保護している子像の餌やりなどもできるようにした。
付加価値の高いアルティメットヴィラは離れたところにあるためメンテナンスに少々の労力はいるが、付加価値収入が高く見込めるありがたいヴィラとなるだろう。
ヴィラ作りを順調に進めてテント側に戻ってくると、なんだか凄惨な空気が漂っている。
机の上には野菜が転がり、積み上げられた食器。そして、疲れた表情のマリー様がいた。
マリー様と常に一緒にいるはずのサラは?と目を向けると、給仕の途中でリゾートを訪れた令嬢達に捕まって、囲まれていた。
辺境伯邸に行った際に、アーサー様に話して入手してもらったサラ用のニーハイブーツのプレゼント。その効果が高すぎたのだろうか。アーサー様やルーク様本物の貴公子相手では萎縮してしまう令嬢達も、手が届きそうな男装麗人のサラに夢中になってしまう気持ちは私も痛いほどわかるだけに止めようもない。
私の妄想の中でのサラには更にくるぶしまでの揺れるマント、繊細な装飾の施されたレイピアまで装着されているぐらいだから。それに、今は集客が大事な時期だ。ヴィラができたり、新しい環境ができる前でもサラ目的でリピーターが集まるのであれば、サラには悪いけれど目立ってもらうにこしたことはない。
リゾートにお客様が入り出して、出戻って来ていた村人達も近くに住居を用意してスタッフ要員として雇いはじめたが、まだまだ下働きレベル。やりくりを考えるマリー様が大変になるのも、容易に予想ができる。
しかも、このリゾートに来る方々は富裕層ばかり。
お昼ご飯にパンだけ齧っておいてなんて言えるものでもない。
早朝から朝食の用意と片付け、夕食の下ごしらえの合間を縫っての昼食作りは本当に大変だろう。
そんな中、アーサー様がふと呟く。
「魔法調理器はルークに大分改良してもらっているんだが。暇を持て余しているとすれば、それは客人だな。客人に働いてもらう、というわけにも......いくはずもないか。」
私は、その呟きに反応した。
「いえ、客人に働いていただければ良いと思いますよ。昼食を兼ねたクッキングクラスを設けましょう。下ごしらえなどは必要ですが、仕上げ部分を教えてお客人の手を借りた上で、クラス料金は昼食代よりも高く設定できる。良いことづくめです。ただ、お土産をつけるなど、ただ高いだけではなくてお得感をもたらせることもポイントです。」
私がいうと、アーサー様は近くにいたマイカル王子に声をかけた。
「マイカル王子。貴方が呼んで来られた商人様は、珍しい香辛料とか、食材とかをお持ちなのですが、その使い方をレクチャーしていただくことはできますか。出来れば一人シェフも派遣いただきたいですが、それは時間がかかるでしょうし。」
「いいでシよ。合わせてこの図面を見てほしいでシー。」
そこには、ディストレアンの国境地帯からこの地を通過して辺境伯邸付近まで延ばした路線図が描かれていて、点線で辺境伯邸方面から海に向かう分岐まで描かれていた。
途中川があるところには、橋の絵図、近道をする場合のトンネルルートなど詳細にメモ書きがされていた。
更に途中駅の候補が書かれていて、どれだけ観察していたのだろうか、農作物名産品などまでメモされている。
「クッキングクラスの実施以外にもエクスカーション(体験型見学)や、アクティビティを追加したいと思っているのだけれど。この鉄道計画の中で、国境のあり方はどう考えていらっしゃるのかしら。」
私は、最終構想に向けてじっくりとマイカル様との語り合いに入りたかったけれども。
アーサー様が間に入ってきた。
「マイカル王子はなぜ、ここまで、エリゼにいや、この地になぜここまで親切なんだ。貴方の国のメリットはあるのか。」
鉄道オタクどころか、オタクなんて存在しないこの国では、地形を知って俯瞰的に地域を見るのは領主以外には、軍事的
目的だろう。だから、警戒しているに違いない。
「アーサー様落ち着いてください。マイカル様の思惑は決して軍事目的ではないと思いますよ。私たちが元いた国は平和が最上とされていた国です。土地が荒れてしまっては鉄道どころじゃなくなってしまうでしょう。だから、マイカル様は信用しても大丈夫だと思いますよ。」
「同じ世界から来たから信用できるのか。エリゼは。まあ、エリゼを見ていると平和な国から来たのだろうということはわかるし、そんな大それた質問ではないのだが.....。まあ、良い。ただ、この鉄道構想の話は私が聞いたほうが話が早いと思うのだが?エリゼはマリーとクッキングクラスについてでも話してきたらどうだ?」
「いや、私はエリゼにこそ見せたいと思っているでシー。」
と、マイカル様が言いかけてちらっとアーサー様の方を見て怯えたように口をつぐんだ。一体どんな表情をしていたんだろうか。




