19.招いたわけは
ゆらり。
密閉された暖炉空間に柔らかい炎がゆらり、ゆらりと揺れている。
川のせせらぎが聞こえ、夜には沢山の虫たちが心地よいメロディを奏でている。
キャンプに炎といえば、キャンプファイアーを思い浮かべる人も多いと思うが、ここは富裕層向けのリゾート。温泉に入った後に煙を浴びせると、快適性が損なわれる。
だから、炎の見た目とほのかな暖かさだけが味わえるよう、日本の温泉ホテルのウォームラウンジを参考に、暖炉のあるラウンジを作っていた。
ルーク様の魔法器具に、コリース様のドロドロの魔力源を練り込んで作ったこの暖炉は数十年同じ火力で燃え続ける機能を有した特製品だ。
炎はその揺らぎが、体内の揺らぎと調和して精神的に良い波長をもたらすと、学んだことがある。
そのため、お風呂上がりのリラックス効果を更に高める効果がある。
ここで、更に体を温めるために暖かい紅茶を飲んだり、敢えてキュッと冷えたお酒類をオーダーできるようにしている。
このラウンジでリゾート居残り組に、舞踏会での評判は上々だったことと、今回招いたマイカル王子とマリー様を紹介する。
マリー様はもともとこの地を治める辺境伯の奥方だけあって名前はみんな知っていた。
アーサー様は皆にマリー様がここに来た事情はあくまでも、この事業の推進への力添えをいただくからとしていた。
確かに、政治的な意味合いでは、今回のからハロテロプテムとの一件については危険な行為であったとは思うが、日常生活における村人とのかかわりであるとか、ソープカービングの技術など日常生活に潤いをもたらす能力の指導力に関しては、非常に高い能力のある方だと私も思っている。旅館でいうところの女将。女性ならではの細かな視点と貴族という大きい視点を必要とするこの仕事にまさにうって付けの人材なのだ。
このリゾート運営がうまくいけばいずれ軍の手から離して、この地に住まう一般市民の方の手に返っていくものとなるはずだ。
その時までもしマリー様が、ここにいてくれれば、一般の方との架け橋にもなってくれそうな気がする。
初対面となった軍関係の方々に、きれいな子袋に包んだお菓子を渡しているときにその成功を確信した。小袋は、いくつかに色分けされていて 、会話の中で得られた情報をもとに区別して渡した様子が見て取れる。
ただ、もちろん放置ではなさそうで、寝食共にお世話係をサラが負うことになっていた。辺境伯邸に行く前の私と同じで、お世話係が見張りを兼ねるという構図だ。
同時に、私のお世話からサラが外れる。一般庶民だった私ならお世話係がいなくても生きていけるだろうということが知れたからかもしれないが、マリー様の方がハロテロプテムへの影響力があるとみなされたのだろう。
そして、最も信頼のおけるサラは、最も重要な人物につける……。背中を預けるような確かな信頼関係をアーサー様とサラとの間には感じる。馬に馬鹿にされることで証明できた不審人物にすらなれなさそうな友人というアーサー様との関係性の違いに、胸が締め付けられるようだ。
サラには全く嫌な面を感じず、サラのことも大好きな存在だけに、つまらない嫉妬をしている自分にも自己嫌悪を感じてしまう。
辺境伯邸でしんじつを語った時のアーサー様の腕の温もりが蘇って、余計に切ない気分になる。
が、事業もいよいよ正念場だ。個人的な感情は今は封じ込めなければならないだろう。
私は、こういう時のために用意した暖炉の炎を一生懸命眺めて、気分を落ち着けるよう頑張った。
あと、意外なことにといっては失礼だが、マイカル様は本当にできる王子として有名だった。経済大国ディストレアンの主要部からからグレートヒルトの主要部までの鉄道経路構想をこのリゾート経由で行ってもらうという嘘のような期待をみんなが自然と持っていた。
「あなたはこの世界ににきて、自分のやるべきことをきちんとやってきたのね。すばらしいわ。」
ポソっと告げると、
「物資を運ぶだけの鉄道路線はもうディストレアンでは展開が終わってしまったでシー。それだと貨物列車しか楽しめないから、次は人ばないといろんな車両は走らないでシー。」
とあくまで特定目線での目標を語られた。オタクっぷりを暴走させたら、良い仕事になったというある意味羨ましい展開をこれまで、重ねてきたのかもしれない。
「それに路線はどんどん伸ばして複雑なのが最高でシー。なぜならば、今みたいな単純路線だと、時刻表が作れないでシね。」
確かに、読み込まれた時刻表はその世界の人たちのバイブルだ。凄まじいまでの情報量が詰め込まれている時刻表を作るには、それだけ列車の路線も本数も増やしていかなければならないだろう。
「わかった。じゃあ、どんどんリゾート地を作っていくべき努力をするから、マイカル様もその王子としての力をめいいっぱい使って集客してね。それが鉄道路線の元となる。」
でも、第1にお願いしたいのは、道中お話した時に言ったように鉄道路線を作ってほしいってことじゃないの。」
鉄道路線が第1じゃないということで、少し拗ねたようにマイカル様が口を尖らせる。
「鉄道じゃなくて、取り敢えずは自動馬車でも量産しろということか。」
「それも必要だけど。馬車の場合、予算以外はルーク様とコリース様のペアにもお任せできると思うし。」
そう言って、翌朝、リゾートの果ての一角に皆さんを再度呼び出す。
そして、私は、元日本人であるという彼にだったらわかってもらえるかもと、マイカル様に向かってこの村の名前を発音する。
「アーリーマント村。貴方はそういえば関西人かしら。関西のてっちゃんといえば、温泉地から発展した鉄道路線を知っているはず。そして、この語感。わかるわよね!?」
そう言い放って、アーサー様とコリース様の手をつなぎ合わせて、アーサー様の反対の手に私の手を繋ぐ。そして、私は、もう片方の手をマイカル様とつないでその手を地面に向けた。
「いいこと?今からもう一本温泉を掘ります。地中深くに魔力を放出するんだけど。イメージを高めるから皆さん黙って。」
シーンとした時間が流れる中、私はマイカル様の手から伝わるイメージと自分の記憶を融合させる。
北海道と大阪を丸一日で結ぶ路線。今の一つ前の世代から高級列車ではあって、予約の取れない列車に乗った時。豪華スイートのお部屋の特集がテレビで組まれていたことからカップル列車とばかり思っていた私には驚くことがあった。1人部屋は鉄道大好きな人たちの小さな天国だったということだ。数々の連結、切り離しや特殊なターンで繋ぐその長い長い路線は、景色だけではない見どころいっぱいのようで、長めの停車時間にはカメラを持って走る人たちのあまりにも楽しそうな様子にとても濃い『鉄分』を感じたものだ。
鉄分、最高濃度の鉄分をイメージしてマイカル様側の手から地面に向けて魔力を放出した。
どく、どく、どく、どく。
地面から赤に近い茶色のお湯がわき出す。
「やったあ。成功よ。赤湯といっても許される金泉だわ。」
わき出すお湯をすくって、その鉄分豊かな匂いを感じる。憧れの名旅館で嗅ぐ匂いと同じものを確かに感じる。
「なるほど、ここを起点に電気鉄道を開業して、路線を展開、。その中心地ができたわけでシね。私の『鉄分』が狙いだったシーね!」
「そうなの。アーサー王子の魔力に冷たさを感じたり、イメージで展開するものだとわかったから、鉄分の濃い人物をイメージすれば、温泉に鉄分を沢山混ぜこむことができるかもと思ったの。後でルーク様には身体に有害な何かが入ってないか水分子をみてもらう必要があるけど、温泉旅マニアの心を揺さぶるこの濃い匂い。大丈夫だと思うわ。」
と、私も若干分野違いながら、堂々のマニアっぷりで、効能、湯あたり対策など、金泉の良さを語ってしまったのだった。




