18.戻ってみよう
辺境伯邸では家族会議が開かれている。
マリー様は辺境伯どころか国まで裏切ってこの地を貶めようとしていたわけで。
辺境伯と離婚の上、どこかに追放が妥当なところだろうか。
でも、動機はトリム様を思ってのことで。追放ではなく、逆にグレイトヒルドの役に立ってもらうようにしたい。
私が思うことと、アーサー様が思惑はぴったり重なったようで。
マリー様の身柄は一旦、アーサー様預かりとなって私たちと一緒にグランピングリゾートに行くことになった。
それは リゾートにとって良い方向に動くかもと、私はいい予感を覚えていた。
そして、もう一人、一緒に帰る人ができた。
マイカル様だ。日本では、ある意味メジャー感もある鉄オタさんだが、辺境伯様とトリム様ではお相手もしきれないタイプだろう。
そして、この二人を辺境伯邸から出せば、このお屋敷には辺境伯とトリム様二人きり。
未来の統治者像についてじっくりと父子で話し合う時間が今は必要だという思惑もある。
「う.る.さ.いのだが?」
マリー様も同行するため、帰り道は辺境伯邸の馬車をお借りすることにした。
馬車は大型で、外側は真っ黒。窓にも細かな格子が取り付けられていて堅牢なつくりr。内装はさめたグリーンのベルベットを基調としたかなりシックで、辺境伯邸同様余分な飾りはないが、その乗り心地で高貴な人物が乗る乗り物だということを示しているタイプだ。
その上、今回ルーク様の開発試作品、浮用具が車輪の底についていて地面から車体が浮き上がっている。こうすることで、振動はゼロ、馬への負担も半減以上の効果があるという代物だ。
日本で言うところの電気自動車のように、すうっと出発してすうっと止まるような優れものである。
この浮用具は大きな馬車を進めるものではなく、空気圧で浮かせるだけのものなので少ない魔力で長時間効果をもたらすことができる。
魔力を持たない人々は、魔力を充電器のような魔力蓄積器を購入したり、魔力を集めた魔力石を購入したりする必要があるため、いわば魔力エコは重要課題となるのだ。
今回、辺境の地へ富裕層の動きを作るためのこの試作品は、きっとヒット商品になる。そんな予感の働く逸品なのだ。
その、ものすごい静けさで走る馬車の中、うるさいと言われているのは、マイカル様だ。
あの、山の尾根を見てくれなシー。ああいう尾根を存分に楽しむには転車台があってもいいでし。転車台を知っているか?それにはまず、SL車両について語る必要があろうねシー、」
だの。
「この高原曲線の様子。北海道の地域路線の無人駅のまんまでしねー。出発メロディーはタリラリラリンでシー。」
だの。
グレイトヒルドにはまだ、鉄道が走っていないというのに、マイカル様の妄想の中では、鉄道路線が出来上がっているようで。
鉄な話題が止まらないのだ。
耐えかねたアーサー様が救いを求める目でルーク様を見ているが、ルーク様もある意味研究オタクあ、いえマニア。
そののめり込み具合がわかるだけに、止めに入るのを躊躇していた。
私はルーク様に耳打ちすると、ルーク様は承知したというように一旦馬車を降りて浮き具に調整施す。
あとは、御者に話をした上で、ドアに魔術を施して戻ってきた。
ギシッ。
微妙な調整の結果、完全無音だった馬車の走行に若干振動が生じるようになる。そして、プシュー。休憩時に開くドアが自動になった。空気が抜けるような音がしてドアが開け閉めされる。
.......。
すると、どうしたことだろう。あれだけ立て続けに喋り続けていたマイカル様は、息をするのも忘れるほど静かになった。
「ルーク、どういうことだ?」
アーサー様の問いかけにルーク様は。
「いえ、私もエリゼ様のアドバイスに従った改造をしただけですが。」
「エリゼ?魔力がなくても魔法を使えるのか?一体何をしたんだ。」
んー。アーサー様に分かっていただけるかは分からないが、異世界から来たという妄言としか思えないような私の話まで信じてくれたほどの人だ。説明出来るだけ、してみよう。
「彼の音鉄のツボを突いてみたのですわ。音鉄とは鉄道に関する音をとてつもなく、愛している人のことです。この馬車は静かすぎるので少し走行時の音が聞こえるように品質を下げました。そうすると、マイカル様の頭の中での妄想車両ではサスペンションの様子が描かれているはず。そして、止まった時の扉の開閉に空気圧の音を取り入れることで、扉が開くたび、頭の中で駅の到着、出発時の音が流れているはず。」
そして、思わずドヤ顔でアーサー様を見てしまった。
「音に興味を集中させれば、自分の声さえ邪魔になる。オタクを操るには好物でが鉄則なのですわ。」
「うるさい!」
マイカル様も怒るときは普通に喋れるんだ、などと思いつつ、そこからは無言で私たちは帰路に着いた。
「マイカル様。貴方がこの地を訪れた理由は鉄道路線の開拓なのだと思いますけど、私が貴方をここに招待して一番初めにしたいことは、それじゃありませんから。覚悟しておいて下さい。」
マイカル様が純粋な隣国の王子様だとすれば、私も萎縮するだろうけれど、同じ転生者となるとどうしても日本人的人類皆平等感が出てしまうが、それは仕方ないでしょう。




