15.舞踏会の日の朝
V字を描いた真っ白なサテンが優雅なドレープを描いている。
ウエストのラインは胸のV字と平行線を描くように紺地のサテンへと切り替わっていて、裾に向かって斜め直線に広がるラインが重ねられたスカート部分はハロテロプテムでも最新の流行といわれているエレガントラインだ。
シンプルに開く胸元のラインが覗かせるのは、アーサー様の瞳の色を輝かせるイヤリングとペアデザインのネックレス。更にホスト側らしく上品にまとめた銀髪には小粒のエメラルドの小さな飾りを散らせるようになっている。
今夜の舞踏会の準備は完璧!でも着替えるにはまだ早い。
お出迎えのためのロビーには、大きめのソープカービング製品を配置。
お花だけでなく、花瓶まで石鹸でできたアレンジを3つほど並べていくと、遠目には本当にお花が飾られているように華やかになり、お屋敷に入った時に目を引く形となっている。
何より素敵な演出はその香りで、お屋敷の中だというのに、ハーブ園に寝転がっているように全身包むハーブの香りを堪能できるのが素敵だ。
また、石鹸の花瓶の脇にはひらひらと落ちたかのような花びら型の石鹸もいくつか散らしている。
これは、この花びらには『グランピングリゾート』と、気になるように文字が彫ってある。ショップカード代わりの代物で、石鹸を初めて濡らした時に、音楽が流れてグランピングの良さを1分間グランピングリゾートの宣伝がその人だけに聞こえるように流れるようになっている。
水魔法と風魔法を組み合わせた術式のこういう細かい魔法細工は、ルーク様のお得意分野で、本当に辺境伯邸までお越しいたいた甲斐があるものだ。
フルーツカービングの方は、舞踏会会場のホールの角に作ったデザートブッフェコーナーに。
ただ、それだけでは味気ないと中身をくりぬいたスイカと大玉メロンの容器にそれぞれの実を丸くくりぬいたものを置いて串にさせるようにし、その隣に溶かしたチョコレートを流すチョコファウンテンを設置する。動力は魔力。ルーク様にイメージを伝えるのは苦労したが、思い通りのものができて満足だ。
並々と溢れるチョコファウンテンは火山を見立てたもので、周りの果物容器は温泉に見立てているという趣向だ。
宣伝準備のチェックや招待者の再確認を、マリー様と行っているところに、ルーク様がこちらにやってくる。
「最高の出来栄えですね」チョコファウンテンも、ソープショップカードも。」
と、立ち上がってお礼の言葉を伝えようとするも、ルーク様の表情は硬い。
「マリー様、エリゼさん殿下がお呼びです。」
あまりの空気感に私はきょとんとしてしまうが、マリー様は動揺されているのか震えているようにも見える。
私は、そんなマリー様を支えながら、殿下のもとに向かった。
「何かお心あたりが?」
と道中聴けるような空気感ではなかったためお互い無言だ。
震えるマリー様をソファに促すこともなく、正面に立つアーサー様と辺境伯様は厳しい目線で、マリー様を見ている。
が、アーサー様が私に向ける目は戸惑い?のようにもみえる。
「何が目的だったんだ?」
いきなり説明もなく聞かれても困惑する以外どうすることができるのだろうか。
しかし、マリー様は震えを止めてしっかりと、辺境伯様目を見た。舞踏会の準備用のため、シンプルな紺色のワンピースのみをきてノーアクセサリーの状態にもかかわらず、その姿が貴婦人としかいえないオーラを漂わせている。
「もう全てを調べられたということですね。殿下が、王家の繋がりで調べられたのであれば、隠し事など無理ですね。」
辺境伯からアーサー様に視線を移した。
「全てはトリムのために絵を描きました。あの子をこの地の統治者にするために。」
その表現にはかなり違和感を感じる。トリム様は辺境伯家の一人息子。必然的にこの地の統治者となるはずだ。
「貴方はトリムに剣技を教えていない。いつか、廃嫡するつもりなのでしょう。だから、私はこの地を貴方に代わってトリムに譲ってあげるつもりだったの。たとえ、ハロテロプテムの王からの割譲地となったとしても。」
どうして、ここでハロテロプテムが出てくるのだろうか。先日からのハロテロプテムと、グレイトヒルドとの疑惑といえば、現王太子の婚約者 ナルシア様。
そして、マリー様は私の方を見る。
「ナルシアは前辺境伯夫人の子、しかも不義の双子。そして、奥様はこっそり私の家で産み、そして、亡くなった。双子であることを隠すため、女の子は養子に出した。そして男の子は跡取りのいないこの家に残さざるを得なかった。辺境伯と血がつながっていないなんて、誰も気づかなければそれでいいから。」
辺境伯はポーカーフェイスを保つこともできず、苦すぎる表情だ。その辺境伯を視野の端に収めつつマリー様は続けた。
「亡くなった奥様に代わり、事情を知る私がこの家に入った。事情を知っていた方が良いのは、私に辺境伯の子どもが宿れば、トリムを廃嫡するためではないかと思った。
その後、この子達が大きくなったとき子爵様からナルシアがハロテロプテムの王太子様と懇意になれそうだとのお礼の手紙をもらった。子爵様にとって女の子は手駒。私は、その時こう思ったの。この地を双子のナルシアに手に入れさせて、トリムに割譲させてもらおうと。」
そして、辛そうに私を見る。
「王太子様の婚約者のエリゼ様は立派な方だったけれど、王太子様は正直出来の良い方とは言えない。だからこそコンプレックスをついて気持ちをナルシアに向けさせる手段を講じるよう何度も手紙でアドバイスをした。そして、本当に王太子妃の座を手に入れられそうになったタイミングでエリゼ様にここを勝ち取っていただく。そのためにここを弱体化しておこうとならず者の誘導もした。」
「でも、それだとエリゼ様との婚約破棄は成り立たないんじゃないか?エリゼ様は英雄でしょう。」
と、辺境伯が尋ねる。
「エリゼ様がここを勝ち取れたとしても王太子様はエリゼ様の婚約破棄したでしょう。英雄となれば、一段とエリゼ様に王太子様はコンプレックスを感じる。婚約破棄の理由は愚かでも、どうせ愚かな王太子様。強引に押し通してしまうだろうとは想定していた。ただ、エリゼ様は私なんかが想定するより上を行っていて、不要な戦闘、侵略などしなかった。ただ、優秀なだけでなく、エリゼ様が素晴らしい方だと私が知るのは遅すぎて、その人を失うような作戦を立てたことは後悔しているのだけれど。」
ふと、私は疑問に思った。
「なぜ、そこまでして、トリム様を統治者にしてあげたいのですか。今のお話だと、トリム様はマリー様の子どもでもないですよね。」
その言葉になぜか、マリー様も表情が晴れやかに変わる。
「私は、トリムの母親ですわ。母親というのは、産んだから母になるわけではないのです。0歳、何の計算もない時です。その子が私のことを母親と思って小さな手で私の指を握るのですよ。愛情が芽生えないはずもありません。そして、毎日を一緒に過ごし、成長に伴って、私も母として育つ。私の母年齢はトリムと同じ歳。私はもう母親なのです。だから、もし今後、子どもができても、この家の長男はトリムだと思い続けます。」
そう言って辺境伯様の方を向き、厳しく問い詰める。母としての厳しさだ。
「でも、旦那様はそう思わないのでしょう?だからトリムに剣術を教えないのですよね?」
いつも柔らかな振る舞いのマリー様の熱い母の様子に辺境伯様のは一瞬たじろいだ。
その横からアーサー様が口を挟む。
「それは違うな。」
その言葉に辺境伯もゆっくりを縦に振る。




