13.ディナータイム
フルーツカービングについて熱い語らいを遮るように、辺境伯夫人マリー様付きのレディメイドが私を呼びにきた。
ディナーのお支度の時間らしい。
私部屋に戻ると、アーサー様の命で急遽用意されたらしい既製のドレスが何着かが用意されていた。
こういった場合、マリー様の若い頃のドレスなどが用意されると思うけれども。
実はマリー様は、トリム様が生まれるのと同時に前辺境伯夫人が亡くなったすぐ後、嫁いできた後妻だということだ。
辺境伯様とは再婚同士。若い頃に着ていた衣装は、伯爵家に持参していないという。
この世界に初めてきていたときのドレスは倒れた時に汚れていたし、そのあとはストンとシンプルな面のワンピースしか着ておらず。
既成服とはいえ、この美貌のエリゼ姿で着飾るのを体験するのは初めてだ。否応なくテンションが上がり、鏡台の前で全種類の衣装を胸に当ててしまう。
高級なアクセサリー類はいくつもの用意ができないのだろう。エメラルド一択。小ぶりだが、鮮やかな色合いと素敵なカッティングのエメラルドのついたイヤリングとエメラルドを中心にメレダイヤが優雅な曲線を描くネックレス。
このアクセサリーを軸にして最も合うドレスを探求する様にとのことだろう。
既成のドレスは、貴婦人向けに最上の布地に最上の染色を施したものではないので、布地は少し光りすぎている。そのため、赤と緑だとクリスマスのようだし、初日の黒は攻めすぎてみえる。エリゼの銀髪にシルバーのドレスだと同化してしまうので除外となると必然的にパステルカラーかと思うが。
ピンクはエメラルドに負けてしまう程度の色合いしか出ていないが。
光沢が活かせて美しく見え、エメラルドとの色合いも絶妙なシャーベットオレンジのドレス。オフショルダーのデザインで肩まわりは一周くるりと共布でできた薔薇が華やかな印象を与えていて、後ろは腰回りのリボンを長く垂らしてシンプルかつ優雅。
薔薇の可憐さに合わせるなら髪はアップにしきらず、一部ダウンスタイルでも良いかもしれない。
美人ってすごいな......。元エリコだった身としてはつくづくありがたみがわかる。エリゼの整った顔と手足が長く出るところは出ているのに細身の肢体は既成服にオートクチュールのように魅せてしまう品をもたらす。
お化粧はパステルに合わせた薄化粧とするけど、こだわりはうるうるリップだ。着飾るとまさによくできたお人形のように見える。
(お人形が貴婦人を真似て作っているのだから当然か)
仕上げにエメラルドのアクセサリーをつけるが、髪飾りはエメラルド製のものがないため台座の色だけを合わせてゴールドのものを指す。
細い銀髪を下ろした部分は、少し手を入れただけで髪飾り以上に光を反射して十分に華やかだ。
晩餐室に移動すると、そこには両開きの扉。両側に固いイメージのお仕着せをきた下僕が立っていて同時に扉を開けてくれる。
この領地自体が衰退してしまうと、この下僕たちはどうなるのかなと、少し心配になりつつ入室する。
暖炉側正面、最も上座に位置する場所でアーサー様が、こちらを見て微笑んだ。
やはり、よく似合うそのエメラルド。パッと目があって確信した。このエメラルドの色合い、輝度全てがアーサー様の瞳と全く同じなのだ。
そして、アーサー様のタキシードの胸元に刺しているチーフの色は私の瞳と同じ藤色。
これではまるで婚約者同士の装いではないか。
ドキマギしているのは私だけなのだろうか。
ただ、そもそもお姫様抱っこの登場以上に驚くべきことではなかったのか、手順通りディナーが運ばれてくる。
アーサー様のチーフを見るのが、あまりにも恥ずかしくて、アーサー様と反対側のお隣にかけるルーク様の方を向いてその装いを褒める。
すらっとした雰囲気のルーク様にグレーに紺地を織り交ぜたカラーのチーフがとても洗練されて見え、本心から褒め言葉が出る。
「髪飾りの準備を漏らしたことを責めているのか?申し訳ない次はエメラルドのものを準備しよう。」
後頭部を向けた私の行動をどんな方向に取ったのかアーサー様はよくわからない理論を作ってウンウンと頷いていた。
そんな友情というには......な私たちのことは見ていられないのか辺境伯の合図の後、ディナーが始まる。
白いクロスに銀の燭台、装飾布はなく、ずらっと並べられたカトラリーと燭台の銀以外は真っ白なテーブルセッティング。あくまでもシンプル、だからこそここにはフルーツカービングがあると良い。
ディナーはスープへと進んでいて、私はお皿の手前を持ち上げて、残ったスープを奥に集めていた。その時。
「エリゼさんは、他国の方なのですかな。」
辺境伯様が突然、私の手に目を止めた。
さらっと周りを見渡すと、他の方はスープ皿の左奥を持ち上げ手前にスープを集めていた。
エリゼの記憶でもフランス式のスープは奥へのマナーだったから油断していた。ここはグレイトヒルド、スープのマナーはイギリス式なのだ。
「私は....。」
ハロテロプテムで、エリゼというだけならいくらでもいる。ただ、この流れでいくと、素性を明かさずにはいられないかもしれない。辺境伯家までくれば、もうハロテロプテムの王家の事情など筒抜けだろう。
「エリゼは.....。付け焼き刃だから仕方ないな。また、サラにでもまたしっかりマナーを学ぶと良い。」
横からアーサー様の援護があった。ただのエリゼとも紹介の意味は私を家名もない平民に仕立てあげたということだ。
ただ、伸びた背筋に綺麗な食べ後。
エリゼの身体にはしっかり優雅な動作が叩き込まれていて、
付け焼き刃というには若干無理もありそうだが。
アーサー様は王族。この場ではアーサー様が白といえば、真実はどうせあれ白という社会だからそれに甘えよう。
「いやまさか。ハロテロプテム国のエリゼ・ノア・フェルテフォルト様の亡霊かと。殿下が呪われでもしているとしたら大事ですからな。」
いや、お姫様抱っこの羞恥心からいうと、呪われてるのは私の方では?などとボケたことを考えている場合ではなく。辺境伯様は小説の中の真実を話そうとしている⁉︎
「亡霊?」
「亡霊ですか?」
殿下とルーク様の声が重なる。
「おや、ご存知なかったのですか?エリゼ・ノア・フェルテフォルト様はお亡くなりになったのですよ。と言っても亡骸もなく消えたそうですよ。敵国となるかもしれないハロテロプテム国の中でも一番の脅威がなくなったことは喜ばしいのかもしれませんが、その経緯があまりにも酷く、喜べない気持ちなのですがね。
そう言って辺境伯はアーサー様とルーク様に小説に書かれていた通りの内容を話したのだった。そして、炎の中にエリゼが消えたこともこれ幸いにと王太子が宣言通りに新たな婚約を正式に行ったことも。
そして与えられる情報の少ない一般国民たちは、エリゼへの脅威で今まで国が守られていたことも知らず、何かエリゼが悪いことをして婚約破棄されたに違いないと噂されていることも。
そりゃそうだろう。王太子ともあろう人がたかが男の嫉妬や惹かれる女性ができたなどの軽い理由で重要な契約ごとである婚約を破棄するなんてありえないのだから。普通は。
「で、新たな婚約者とは?」
アーサー様が辺境伯に問うた時、辺境伯がチラリとマリー様を見て、子爵家の養女で、名前ナルシア・ディ・ジェミニだと告げた。




