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10.いきなり上手くは

「来ないね.....。」


設備も食材調達も見込みができて、グランピングリゾートオープン日は迎えたが、初日にわんさか人が押し寄せるほどの

盛況はテレビもネットもないこの世界では望むべくもなかった。


地道に街道への看板作りなどは行っていたが、そもそもこの辺境の地、人通りも少ない。


グランピングリゾートにはオープンから数日経っても閑古鳥が鳴いていた。

宣伝は口コミのみ。そうなると、富裕層の目をこの辺境の地に向けさせなくてはならない。


「仕方がない。私の王王子の肩書が通用する間舞踏会でも開くか。ここから馬なら半日走らせれば母の生家には到着する。辺境伯は今、母の兄が継いでいる。その地で舞踏会で宣伝でもすれば良い。費用はかかるが、長い目で見てこの地が発展できるのならば、初期投資は致し方ない。」


舞踏会。素晴らしい口コミ宣伝の場だが、社交の場に行ってしまうといくら他国のこととはいえ、ハロテルプテムの王太子に私が既に捨てられていることが判明してしまう可能性が高い。


私はリゾートに居残ろうと、王子に提案を持ちかけた。


「ノーブレスオブリージュを謳い文句にしませんか。」


グランピングリゾートを思い立った時に思い描いていた旅の思い出。

それはアジアの3カ国が交わる地。そのリゾートは象の保護地区という意義も持ったリゾートで、高額な宿泊費を支払う理由も、わざわざその地を訪れる理由も象の保護に協力するという大きな背景を持っていた。

豊かな森が今後も乱獲されたりすることのないよう保護していく。


ただ、優雅な象の保護地区の雰囲気だけを思い出していた私は、忘れていた。

象を保護して飼い慣らしていくのは、おそらく馬よりも大変。ものすごい身体能力が要求されることを。


知識として知っていた象への登り方。

象に乗り台を背負わせるのではなく、保護地区らしく裸象に乗る方法。


象は優しく人間を載せようと膝を折ってくれるのだが、それでも跳び箱10段と思える高さの象の頭に手を乗せて、ぽんと飛び乗るのだ。

そして降りる時には、鼻から滑り降りる。


エリコよりもエリゼの方が運動神経は良いかもと思い、挑戦してみるが、膨大な魔力と知力では規格外でも、そこは貴族のお嬢様、象の頭に手を置いてぴょんぴょん飛び跳ねて遊んでいるレベルだった。


そりゃあね。初めてのことだし。そんな簡単にはね。

出来なくて当たり前よね。


しかし、周りは。


ボンブはあの筋肉の塊をどうやって持ち上げたんだろうと思うぐらい軽々と、サラは元々身軽な上に鍛えた腕力も使って颯爽と、そして同レベル......の期待の星だったコリースまでのいつのまにか象の背中の上だった。風魔法を上手く練ったんだろうけど。

それ以外に隊員たちもさすが精鋭さらっとみんな象の上に乗りこなしている。


ボンブが野生の吠え声で上手く操っているのか、象たちは自然と隊列をなしてのんびりと歩みを進めている。


「ノーブレスオブリージュの訴えは良い案だし、野生の保護にも賛成だけど、彼らに任せよう。貴女は私と共に。あと、仕方ないが、ルークも。ルークは伝統とよりも新しいもの好きなブルジョアジー層に有名だしな。」


「ルーク博士も!?」


ブルジョワジーといえば、博士の発明品の中でもコストを考慮しなくて良いようなハイスペック品のご利用者さんと語り合える機会があるかもしれないと、思わず声を弾ませる。


「ずいぶん嬉しそうだな。」

王子が若干不機嫌そうだが、サラが行かないからだろうか。

サラを見ると。

「私もご一緒したいのですが、象のりを他の方以上に練習しないといけないので......。」

「では、仕方ないから......。3人で。邪魔だけど。」


邪魔......。今邪魔と言ったのはもしかしなくても私のことですよね。


すみません、確かに私、馬車での道行にはお邪魔かもしれません。


魔力重視の私は転移が基本だったけど、今は魔力もほとんどなく、見知らぬところ探索しての転移など絶対にできない。王子は魔力を貸してくれる事はできても人を連れての転移などできるはずもない。


転移魔法なしで長距離の移動をしようと思えば馬か馬車しかないのがこの世界だ。


そして、出発の日になって、すっかり忘れていたかのように王子は私に尋ねた。


「ところで、貴女は乗馬はたしなむのか?」

「実は、多少、本当に多少レベルなのです。」


エリゼは戦地に向かう時でさえ簡素だが馬車に乗っていたから軍用地にも馬車があると思っていた。だが、精鋭部隊しかいないこの軍に馬車のような生温いものは必要なかったようだ。そのため、馬に乗って辺境伯邸に移動する必要がある。乗馬について、頼るならエリコの経験だが。


観光旅行の行き先のいくつかは乗馬体験ができるようになっている。オーストラリアのゴールドコーストやハワイでは、ラナイ島の赤い大地やハワイ島の小高いヒルトップ。馬上から眺める景色はどれも自然豊かで素晴らしい思い出だ。色々な場所で乗馬はしてきているのだが。


「なにを戯れているのだ?」

ズリズリズリ。私を乗せた馬は前に進まず、後ろに下がって、木の幹を使って私を落とそうとしている。

試しに軍馬に乗せてもらい常足歩行をさせてすぐ、馬の力に負けてそこら中の葉っぱを食べ漁り始めたのを止められなかった時から敗北は決まっていた。


馬は自分より序列が下だと認識した乗り手の言うことは聞いてくれないし、きちんとバランスのとれた位置に乗らないと不愉快に感じるのだ。


結果、この子は私を乗せずに下ろすという判断をして木にズリズリと身体をすりつけに行ったのだ。


ボンブが声をかけて叱ると馬はシュンとなって、身体スリスリをやめてくれてなんとか私は無事降りることができた。


「すまない、乗れるというのは鞍に上がれるかという意味ではなく、馬を操れるかという意味だったんだが。」

珍しく、王子が笑いを堪えたような表情で降りた私の手を取った。いつもの敵国相手ぶった表情を隠し切れないぐらい、ツボはまる面白さだったのだろう。

そんな自然な表情をすると、初めて王子のことが一人の少年に見えた。サラサラの金髪を風がなびかせることで覗くエメラルドの瞳がキラキラと輝くとても綺麗な少年に。


「殿下はいつも私に自然な表情をしろと仰る割に、ご自身の表情は隠していらっしゃたのですね。」

「いや......。それは......。貴女が私に惚れてしまったりしないためだ!貴女は......。貴女はハロテルプテムの未来の王妃なのだから......。」


そう言って王子はいつもの敵国顔に、少し辛そうな表情を思い浮かべた。


もう遅い.....。

かも。


私はすっかり惚れてしまっているかもしれない。

初対面はハグ!その後毎日手を握り合うなんて擬似恋人のような日常を送っていて、どのシーンでも手を通して心地良さを感じていたら、好きになってしまうのも当然じゃないか。


でも......。まだ私は王太子との婚約破棄の話はできない。王太子との婚約を破棄された不用品にの未来が訪れる可能性があるかの判断ができるまでは。


特に私はこの隊のメンバーと一緒に働いて実感をしていた。

こんな実力も統率力も備えた軍相手にハロテルプテム軍は手も足も出ないだろう。

そうなると......。王太子や新しい婚約者のことなど怒りを発散させた今なんとも思わないが、愛しい国民達をこの愛しい軍の皆さんが傷つける姿を見ないといけないのだ。

だから私はまだ役に立つ人を演じ続ける必要がある。この地の発展にハロテルプテムも協力し貢献した思ってもらい2国間に完全な友好をもたらすまでは。


「私のことはご心配なく。何度も言っておりますが、ここを発展させて友好国とした暁には実績を手土産にハロテルプテムに帰ってやりますから。だから、自然に。友好国王子として自然に振る舞っていただいてもいいのですよ。ただ、実は私この友好国プロジェクトは秘密裏に動いておりますの。この事業成功が出来なかった時に失敗王妃なんて言われたくないでしょう。ですので、辺境伯様の邸宅でどんな噂を聞いたとしても、それは私を守るためわざと流した噂だと思っていただきたいですわ。」


「今更、秘密裏に?という真意は測れないが.....。私は、なぜか貴女をこれ以上疑う気を保てなくなったのだよ。本当にスパイなら、馬が馬鹿にしてしまうほど、油断を演じられる

はずがないと思ったものでな。」


なぜか王子はそう言って私に手を差し伸べ、私と共に自分の軍馬に登る。そうして、背後から囁いた。


「友好国の人間同士、これからは友人として接しよう。一緒に馬に乗ってもいいよな。友人なんだから。」


すっぽり王子に包まれる幸福感の中、友人という言葉が恋心を自覚した心へ突き刺さるのを私はあえて無視することにした。


「ええ、友人としてよろしくお願いしますわ。殿下。」

「殿下じゃなくていい。私は貴女と対等の友人なんだろう。だから、アーサーと。」

「アーサー様、では私のこともエリゼと。」

「エリゼ......。これからもよろしくな。」


対等。先の婚約者が絶対に私に許そうとしなかった立場をあっさり認めてくれるアーサー様の大らかさに一層惹かれていく自分を感じてもいた。


「では、行こう。辺境伯邸へ。」

王子が声をかけると、私たちの馬にルーク博士と数名の護衛騎士の馬が続いた。

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