小牧山城攻防戦5
平原を一つの軍団が駆け抜けている。先頭に立つ者の鎧装束は純白で統一されている女・・・雪姫である。彼女が騎乗している馬も葦毛であった。
まるで軍団を引き連れているかのような雪姫の目の前に、遂に小牧山城が現れた。遠くの城の方からは、散発的に鉄砲の発射音が轟いている。
「見よ、まだ城は落ちていません。このまま突入します!!」
そんな雪姫に一人の男が乗っている馬が並走してきた。雪姫軍の付け家老である細野藤光その人であった。
「姫様!!一旦お待ちください。兵の多くが付いてこられていません!!」
雪姫が振り返ると、確かに騎馬の者達は周りにいるのだが足軽達は追いついていないのか、周りにはいなかった。
「これではすぐには応援にいけないわね。態勢を整えます!!」
「はっ、すぐにでも徒歩武者達も追いついてきます。それに斥候の報告も来るでしょう」
雪姫はその場で立ち止まった。彼女の馬廻衆が直ぐにその周りを取り囲む。細野藤光が言うように、徒歩勢も次第に追いつき集まりだした。
そこへ斥候に出して者達が次々と戻ってきたのである。
「報告致します。小牧山城は未だ健在。蜂屋頼隆殿が決死の防戦中。敵兵はおよそ千名ほど」
「城の後方に未だ敵兵およそ五千から八千ほど健在。まだ動きはありません」
細野藤光が雪姫に語り掛ける。
「姫様、まずは落城はしてないとの事。祝着でありますが些か敵兵はおかしな戦をしておりますな・・・」
「ええ、攻めるなら一気に攻めればよいものを。しかしおかげで城は未だ無事。早く助けに行かなくては」
「・・・姫様、これはもしや罠では・・・」
その時、再び斥候に出していた者が戻ってきた。彼はかなり慌てており、息も切らせている。
「申し上げます!!後方にいた斉藤家の部隊が二手に分かれつつあり!!およそ三千から四千ほど小牧山城に向かいつつあり!!」
この報には周りの者達も激しく動揺した。このままではどうあっても小牧山城は落城の憂き目にあうからだ。
「細野藤光、貴方はどう思うの」
「敵も我らの存在に気づきましたな。ここが正念場でありましょう。城攻め勢に横槍を入れるかそれとも諦めて撤兵するかは姫様次第・・・」
雪姫はきりっとした目で細野藤光を見た。彼女の瞳は一転の濁りもなかった。
「城を見捨てはしない。配下の者達には苦労をかける」
彼女は深々と頭を下げた。慌てた細野藤光が声をかける。
「姫様、頭をお上げください。我らにお構いなく。・・・では突撃ですかな」
雪姫配下の徒歩勢でようやく全員追いつき一息ついていた。これで雪姫軍千五百は城に向かうところであるのだが・・・
「皆の者、我らは全軍をもって最後方にいる斉藤軍に乗り込みます」
「ひっ姫様!!小牧山城に向かわないのですか!!」
「このまま城に向かえばおそらく後方の斉藤軍が側面をついてくるでしょう。そうなれば城を助けるどころか我らも全滅します。敵もそれを狙っているはず。その狙いの逆で動きます」
細野藤光がそっと雪姫に近づいた。
「・・・斉藤軍後方の部隊が敵の要衝だと言われるのですか?」
「私が城攻めするなら一番の後方に大事な父を置きます、とにかく心配だから。つまり今回も一番の者が後ろにいるはず。だけどこれは賭けに等しい事。私の中の直観がこうしろと・・・」
「たしかに頭を取ってしまえば城攻め兵も動揺し撤退するでしょう・・・ただ違った時は・・・」
「敵兵の中で見事討ち果てましょう。あの世で蜂屋に詫びに行きます・・・」
細野藤光は大きな笑い声をあげた。
「姫様、見事なお覚悟で。ただ戦前に負けることを考えていてはいけませんな。こうして大将は常に顔を緩めておくものですぞ」
そして細野藤光は部下たちの方に振り返る。兵士たち皆、固い決意をしている顔をしている。これも雪姫の人徳がなせる業であった。
「いいか我らは一丸となってただ攻めるのみ。お前たちも覚悟を決めるのだ!!」
ウオオオオ!!!
「よーーし出発!!」
大歓声が響く中、雪姫の軍は怒涛の如く走り始めたのであった・・・




