それは無視できぬ罠
「・・・という訳であります」
ここは清州城の北畠具教がいる部屋。あの日根野弘就と竹中重治の密談から翌日の夜。鷹は大急ぎでこの情報を報告に来たのである。
「おおよくやった、鷹。よしよし」
北畠具教は鷹の頭を撫でてあげた。鷹は嬉しいのか、えへへと満面の笑みを浮かべている。
が、周りの家臣たちは皆そんなに浮かれていない。この情報が本当なら大変な事であるからだ。しかし一人だけ疑問を呈した。
「しかしながら、とても信じられませぬ」
それもそうであろう。尾張を取りたいならなぜわざわざ遠回りをしなくてはならないのか・・・雪姫付き家老細野藤光は怪訝に思った。
「さりとて無視できる話でもあるまい。桑名を抑えられては我々は孤立してしまう。そうなれば・・・」
尾張・伊勢の大動脈の桑名が敵の物になれば、我々は干上がってしまう。それは阻止しないといけないと鳥屋尾満栄は考えた。
「私も風説として桑名を斉藤家が攻めるのではないか聞いております。疑念はますます深まりつつあります・・・という訳で小牧山城の出城の件は無しということで」
林秀貞にもその情報を掴んでいた。最近城下でまことしやかに噂されているからだ。そしてこの情報は、執拗に出城を作るように求めていた細野藤光を黙らすのにちょうど良かった。まあそれも竹中重治が意図的に流した噂なのであるが・・・
「おそらく敵の侵攻は年内にあるのは必至。それに対し我らも桑名方面の防御を固め、すぐにでも進軍出来るようにしましょう」
「異議なし。林殿の意見に賛同いたす」
周りの家臣たちが口々に声をあげた。こうして桑名方面防衛の為の準備が決まった。当然北尾張方面の防衛は二の次となる。細野藤光は憮然としたが押し切られてしまった。
(無念だがやむおえん。国境の物見の数を増やしておくか・・・)
「・・・じゃあそう事で今日はおしまいにしよう。ふぁぁぁあ眠い・・・」
北畠具教がこう言って今日の議論を終わらせた。家臣たちが次々と立ち上がっていくのだが、そっと鳥屋尾満栄が近づきこう言った。
「・・・殿、内々に話したいことがあります」
人払いされた部屋に鳥屋尾満栄と北畠具教の二人がいる。鳥屋尾満栄の顔をいつもより厳しかった。
「実は殿の弟君、木造具政様についてですが、北の方様に讒言をおこなった事は明白であります。それに最近は独自な行動が目立ちます。危険です」
遂にきたかと北畠具教は思った。確かにあの男は必ずと言っていいほど謀反を起こすに決まっている。織田信長と密通していた証拠もある。だが・・・
「でもなー、一応弟だしな・・・それに今家族で揉めるのはどうなんだろう」
北畠具教が躊躇している理由の一つは、弟と戦うという嫌悪感。そして家中で揉めてる暇がないという事である。
まず自分は将来的には織田信長に殺されてしまうとモブと教えられている。まず弟よりもとにかくそれを回避する為、桶狭間の戦いに横槍をつき、織田信長を倒した。
しかし今度は斉藤家が自分に野心を向けている。こんな時に弟と争えばどうなるか、流石に北畠具教でも分かる。
「殿、確かに今すぐとは申しません。兎に角ご用心だけでも。もし遮断するとなれば私が行います。殿の手は汚しません」
鳥屋尾満栄は真顔で恐ろしい事を言っている。つまり北畠具教の弟である木造具政を斬ると言っているのだ。
「・・・とにかくもう少しだけ様子を見ようよ、うん」
「分かりました。ご決断されましたら私にご命令ください。では」
北畠具教は一人部屋から出て、満天の夜空を眺めている。鳥屋尾満栄はもう帰っていった。
「うーん、色々大変な事になってきたなー」
この世界に来て、早くも一年の月日が流れようとしている。自分は織田信長によって殺されてしまう。そう知らされてからは、必死で打倒信長の為、動いてきた。
そしてようやく一息つけると思ったら、今度は斉藤義龍が攻めてきそうだし木造具政は裏切りそうだし・・・
「うーんいつになったらのんびりとした生活になるのかなーまあなんとかなるか」
しかしのんびりしたいという思いとは裏腹に、斉藤義龍は遂に尾張侵攻作戦を発動しようとしており、北畠具教また再び合戦に巻き込まれようとしていた・・・
そして、この年の冬の十二月。斉藤義龍率いるおよそ一万の軍勢が動き出したのだった・・・
(三人の妻と松永久秀編終わり)




