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六角家が取る道

六角家が大惨敗した野良田表の合戦から、一週間後の観音寺城・・・


観音寺城は、六角家の居城であり巨大な石垣と曲輪をそなえる山城である。その六角義賢が居るこの城は、今は凄まじく重苦しい空気に支配されている。六角義賢と後藤賢豊がその空気を払拭させる為、二人で対応策を協議していた。


「・・・蒲生賢秀はまだ顔を見せぬか」


「はっ、やはり先の戦いのわだかまりがまだ取れぬのでしょう・・・」


六角家の忠臣で武勇優れる蒲生賢秀が登城要請を黙殺している現実は、いかに六角義賢の影響力が低下しているかを物語っていた。他の家臣達もなかなか態度を明確にしていない。このままでは・・・


「殿、このままでは六角家は立ち行かなくなります。なにか対応せねば」


そんな家中にあってこの後藤賢豊だけは迷いなく六角義賢について来ていた。


「・・・後藤よ、俺には一案がある。・・・伊勢中納言、北畠具教殿に救援を求めたいと思うが、お主はどう思うか?」


「殿、それは私も考えておりました。北畠具教様は、殿の妹婿にあたるお方で、家格も優れており、そして伊勢と尾張を押さえられて国力もあります。しかし、北畠家がこの話に乗りましょうか?」


たしかに北畠具教とは縁もあるし、力もある。しかし、過去のイザコザがその影を落としている。六角家は北伊勢にも影響力を持っていて、そこで小さい衝突を繰り返していたのだ。なので血縁はあるが、深い付き合いはあまりない。


それにそもそも北畠がこの話に乗って、なにか利益があるのかという現実的な問題があった。北畠と組んで近江を平定しても、六角家にはそれに見合う対価を払う余裕がないのである。そもそも近江が浅井の手に落ちても、北畠家はそんなに問題でもない。


「こちらとして北畠家に出せる条件は、北伊勢からの完全な撤退ぐらいでしょうか。これではとても・・・」


後藤賢豊は言葉に詰まってしまった。なにも妙手が見えないからである。そんな時、六角義賢は一つ閃いたことがあった。


「美濃の斉藤義龍が尾張侵攻するとの噂がある。いっそ北畠家と組んで、斉藤家を挟み撃ちにする。そして美濃は北畠具教殿に任せ、その後、浅井に対抗するのはどうじゃ?」


「先に美濃を攻めて北畠家の利益を確定させると言う訳ですか、なるほど・・・それなら美濃を取った後、北畠家がこちらを裏切るのを防ぐ為、血縁関係をより深める必要がありまするな」


「北畠具教殿の娘である雪姫を、我が息子義治に嫁がせ縁を結ぶのが一番良いのう。雪姫の武勇はここまで轟いておる。良き戦力にもなるであろう」


「・・・北畠具教様が雪姫殿を手離すとは思えませぬが・・・しかし他に手も思い当たりませぬ。とりあえずこちらからこの内容で使者を送りましょう」


その時であった、一人の侍が部屋に入りこう告げた。


「六角義治様が登城されご面会をもとめておりますが」


「義治が?よし、とうせ」


しばらくたつと六角義治があらわれ、彼は深々と頭をさげた。


六角義治・・・六角義賢の嫡男であり、歳は15である。まだ若々しさが残る顔をしているが、その目はなにやら鋭さがある。


「ご尊顔を拝し恐悦至極」


「おお、ちょうど良い。此度、北畠家と同盟を結ぼうと思うのだ」


「お言葉ではございますが、北畠家は我等と結ぶ利点はないものと心得まする。それより今日は父上に斉藤家との同盟を結ぶようにお願いにまいりました」


父である六角義賢の顔色が変わる。そんな話、聞いていない。なにを勝手なことをしているのだ。


「斉藤家との同盟など聞いておらぬ。そもそもあの親殺しである斉藤義龍などと組めるはずがなかろう。何を考えておる!!わしの妹婿の北畠具教殿に助けを求める方が道理であろう!!」


なぜここまで六角義賢は斉藤義龍を毛嫌いしているのか・・・そもそも六角義賢には妹が何人もいて、一人はこの作品の主人公北畠具教に嫁ぎ、そしてもう一人は美濃守護土岐頼芸に嫁いだのである。


そして土岐頼芸を美濃から追い出したのは、他でもない斉藤家である。そんな所と同盟などありえないからである。


六角義治がふっと笑い顔を浮かべる。それはとてもとても冷たいものであった。それを見た後藤賢豊はなにか嫌なものを感じた。


(なんだこの義治様の感じは・・・まさか・・・)


「北畠家とは同盟できませぬ、なぜなら父上は今日で隠居なされますので・・・」


突然、完全武装の侍達がこの部屋に押し入ってきた。皆、刀を抜いている。これはクーデターだ!!


「なんのつもりだ、義治!!気でもふれたのか!!」


「それは私の台詞ですよ父上。国力を無視した兵力を動員して民を苦しめ、あげくに浅井家に惨敗。もはや家中で父上を支持する者は数少なくなっております。六角家の為にも、ここは私に家督を譲り斉藤家との同盟を許されますようお願い申し上げます」


「どうせそんなのは斉藤義龍の入れ知恵であろう!!まんまとひっかかりおってからに!!」


「父上、もはや私の意志は変わりませぬ。命までは取りませぬゆえに、出家なされませ」


しばし沈黙の時間が流れた後、後藤賢豊が止めに入ろうとする。


「義治様、お考え直しませ!!今、こんな事すれば・・・」


「・・・もうよい賢豊、わしは隠居する。息子にまで見放されてはもうどうしようもないわ・・・賢豊は、息子を補佐せよ。決してわしについてくるな」


六角義賢はガクッと肩を落とした。なにか一気に重い物をおろしたような感じである。


(畿内の巨星、三好長慶とは何度も戦い、将軍義輝との和睦まで手がけた自分がこの様とはな・・・人とは薄情なものよ・・・)


「父上、外に籠を待たせております。ささっはやくお乗りくだされ」


・・・


・・・・・・


こうして六角家は義治へと当主が替わり、美濃の斉藤家と攻守同盟を結ぶ道を選んだのである。これにより浅井家は迂闊に攻めてくることは無くなったが、北畠家との関係は最悪なものになろうとしていくのである・・・

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