60 ウインチとクレーン
優秀な魔道具師と職人が一気に増えた。
だから、それぞれ希望する役割に振り分けていく。
まず、ランプ作りでお世話になった魔道具研究所の四人の職人を、機密の魔道具を作るためにお父様が引き抜いてくれた。
その四人に加えて、他領から来てくれた職人が三人と魔道具師がクロードさんを含めて二人。
この九人が、私と一緒に機密の魔道具を作ってくれることになる。
この人達は全員、実力も人柄も口の硬さも、お父様とオーバン先生のお墨付きの人達だ。
次に、四人の職人達が抜けた穴埋めに、引き抜かれた人数と同じ四人の職人が魔道具研究所に就職。
そして最後に、残った魔道具師と職人達が町で工房を開いて、私やオーバン先生が開発した一般向け魔道具の量産を請け負いながら、独自に魔道具の研究、開発をしていくことになった。
「驚くくらい、一気に生産体制が整いましたね。それもこれも、オーバン先生のおかげです」
「なんの。これでようやく儂の研究も捗りそうじゃわい」
私もにこにこ、オーバン先生もにこにこだ。
これで憂いなく、魔道具開発に勤しめるわ。
「そういうわけで、さっそく、機密たっぷりの魔道具を開発したいと思います」
私の魔道具開発チームの魔道具師および職人さん達九人と、アドバイザーのオーバン先生の前で、堂々と宣言する。
「それでお嬢様、ワシらに作るのを手伝って貰いたいと言う魔道具は、どんな物ですかな?」
年齢、実績、名声その他、オーバン先生には一歩及ばないらしいけど、他の誰よりも高いクロードさんがサブリーダー的まとめ役になってくれて、代表して私に質問してきた。
魔道具研究所から来てくれた四人とオーバン先生はすでに私がしてきたことは知っているけど、クロードさん達はまだ全然知らないからね。
多分、あのランプのことも、まだ半信半疑だろうし。
だから一発目、ここで度肝を抜く魔道具を開発することで、私がこの開発チームのリーダーでトップだってことを認めて貰って、なおかつ、自分達が作る魔道具の重要性、機密にする理由をしっかりと理解して欲しい。
と言うわけで。
「私が皆さんと最初に開発したい魔道具はこれです!」
設計図や仕様書を、自信満々にバンとテーブルに置く。
お手伝いを買って出てくれたエマが、みんなにも同じ書類を配ってくれた。
書き写すのが大変だったから、三人に一セットだけだけど。
「お嬢様……これはなんですかな?」
「ウインチとクレーンです」
「ウインチ? クレーン?」
元々ウインチは開発する予定だった。
船が大きくなってマストと帆の数が増えれば、それだけ帆を操作する船員が大勢必要になる。
それは船員の確保が大変になる上に、人件費がかさむと言う意味で、これはもう帆船が抱える根本的な問題だから仕方がない。
そこでカティサークはウインチを搭載して、その問題を解決したと言うわけ。
四分の一や五分の一のサイズの帆船と比べて、必要な船員の数が同じくらいか、むしろ少なくても平気って言えば、その効果の高さが分かると言うものよね。
もちろん、たくさんのウインチを動かすなら、それだけ魔石のコストが掛かるようになる。
だけど、何倍もの船員の人件費を考えれば安いもの。
しかも船員が減って積み込む食料を減らせれば、その分だけ交易品を多く乗せられるようになるんだから、最終的に輸送コストはうんと安くなる。
それに加えて、魔道具兵器による魔石の消費が大幅に減ったことで、魔石は供給過剰になって市場価格がどんどん下がってきているそうなの。
もうしばらくは下がり続けてそこで価格が安定する、と言うのがお父様とサンテール会長の見立てらしいわ。
だから多少変動するとしても、もう元の高値に戻ることはないと思う。
そもそも魔道具はまだまだ貴族の贅沢品で、一般に広く普及しているわけではないから、これから私が色々な魔道具を作って貴族達がこぞって買い求めたとしても、顧客の数が限られているんだから高騰のしようがないもの。
一般市民に魔道具が普及するには、貴族の需要を満たして新たな市場の開拓が必要になってから。
その上で、今みたいに限られた人しか魔道具師になるための勉強が出来ない状況から、広く門戸が開かれて、魔道具師がもっともっと増えてからじゃないとね。
だから、かなり先の話になる。
つまり、当分、魔石の値段が高騰することはないと思っていい。
そういうわけで運用する魔石のコストが下がるから、搭載するウィンチは元より、そのウインチを利用して大型ドックにクレーンを設置して、建造のお手伝いをしようと言うのが今回の趣旨ね。
ちなみにクレーンのイメージは、倉庫の天井に鉄骨が渡されていて、そこからフックが吊り下げられている奴。
かなり頑丈で、相当な重量にも耐えられないといけないから、初期投資は莫大になると思う。
でも、建造する船は一隻だけじゃないもの。
何隻も何十隻も建造することになるわ。
それを考えれば、建造期間を短縮しコストを下げられる意味はとても大きい。
何より、早々に他領、他国を出し抜いて、アグリカ大陸、そして新大陸を発見して交易出来るようになるんだから、初期投資なんてきっとすぐに取り戻せるはずよ。
と言うことを、仕様書を片手に説明する。
「「「「「……」」」」」
クロードさん達、唖然としているわね。
魔道具研究所から来てくれた四人も、目を見開いている。
平然と……ううん、みんなの反応を楽しげにニヤニヤと見ているのは、一足先に相談したオーバン先生だけ。
オーバン先生も、最初に話を聞いた時は、同じような顔をしていたのにね。
「これは……恐れ入った……いや、恐れ入りました、お嬢様」
『これ、六歳が出せる発想か?』
『公爵様が言っていたことは本当だったってことか……』
『ああ……天才って本当にいるんだって思い知らされたよ。まさに天才幼女だ』
なんて、コソコソ囁いている声も聞こえてきた。
恥ずかしいから、天才幼女はなしでお願いしたいんだけど……。
どうせ二十歳過ぎればただの人の予定だし。
ま、まあ、それはともかく。
「私では発想は出せても、こんな大がかりな物は一人では作れないので、ぜひ、皆さんに協力をお願いします」
私の言葉に、みんな顔を見合わせて、うんと大きく頷き合った。
「驚きすぎてなんと言ったらいいか分かりませんが、分かりましたお嬢様。是非、ワシらに手伝わせて下さい」
「こんな前代未聞の魔道具開発に関われるなんて、職人冥利に尽きますよ。いやあ、なんだかワクワクしてきましたね」
良かった、みんなやる気になってくれたみたい。
「オーバン、お前さん、あちこちの貴族の間を転々としとったが、いつの間にか随分と面白い方に雇われとったんだな」
「どうじゃ、羨ましかろう」
「ああ、全くだ。もっと早くにワシも雇われたかった。いや、あと四十年早く出会いたかったな」
「はっはっは。儂も似たようなことを言ったぞ」
「うむうむ、だろうな」
お爺さん二人、妙に意気投合しているけど……ちょっぴり恥ずかしいからその辺でお願い。
それを誤魔化すように、そして話を元に戻すため、コホンと咳払い一つ。
それから拳を高く突き上げる。
「さあ、皆さんの腕の見せ所です。気合いを入れて開発しましょう!」
「「「「「おおぉぉーーー!!」」」」」
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