58 職人が足りない
王族について情報収集するのは、時間が掛かると思う。
プロフィール等の通り一遍のことは広報されているけど、私が欲しいのはより踏み込んだ情報だもの。
バレないよう、慎重を期して貰わないとね。
下手にバレると、王族を害するつもりなのかとか、王国に反旗を翻すつもりなのかとか、あらぬ疑いをかけられてしまうかも知れないから。
ましてや、お父様を始めとしたゼンボルグ公爵派を快く思っていない貴族達にバレたら、嬉々としてあることないこと騒ぎ立てて、尾ひれを付けて悪い噂を流したり、自分達が付け加えた嘘をあたかも事実のように国王陛下の耳に入れたり、悪用されるのは確実。
貴族のやり口を学び始めたばかりの私にだって思い付くくらいだから、それを思い付かない貴族はまずいないと思う。
だから、時間が掛かってもいいから、安全第一でお願いしたいわ。
もっとも、それでなくても、ゼンボルグ公爵領から王都まで、馬車で片道一ヶ月くらい掛かるらしいのよね。
馬車の旅だと、道中頻繁に馬を休ませながらになる。
乗っている方も、揺れを堪えるから身体に力が入るし、お尻も痛くなるし、ただ乗っているだけでも疲れて頻繁に休憩したくなるのよ。
加えて宿場町に泊まりながらになるから、もっと先に進めるけどそれだと野宿になるから今日はここまでと、早々に切り上げることも珍しくなくて、一日中移動するわけじゃない。
倒木、土砂崩れ、橋が流される、盗賊が出て危険、などなど、足止めされることもままあるみたいだし。
おかげで、移動速度は徒歩の旅とそう大差なくなってしまうみたい。
特に徒歩で護衛が付いていたら、なおさらね。
そう考えると、自動車が欲しくなっちゃうけど……。
さすがに作れる気がしないわ。
仮に作れたとしても今は優先順位が低いから、うんと後回しになって果たしていつになることやら。
そういうわけで、ともかく果報は寝て待て。
いま私がすべきことは『ゼンボルグ公爵領世界の中心計画』に必要な魔道具を作ること。
そして、その魔道具を製作する工房および販売する商会を準備することだ。
「つまりマリーは、商会は一つでいいけど、工房は最低二箇所欲しいんだね?」
「はい。一つは商会で売り出す魔道具を作ってくれる工房で、一つは売り出さない機密にしておきたい魔道具を作ってくれる工房です」
「ふむ」
お父様が私の提出した書類に目を通しながら、確認してくる。
「売りに出す魔道具は、先日のランプを始めとしたマリーが開発する一般向けの魔道具、バロー卿が開発する魔道具、そして最初にバロー卿を招いたときにマリーが話していた、二人で共同開発する一般向けの魔道具なんだね?」
「はい。売り出すのは飽くまでも、日常生活を便利にする道具のみです」
「機密にする魔道具は、先日話してくれた大型船に関する魔道具と言うわけか」
「はい。これが外部に流出してしまうと、うちのアドバンテージがなくなってしまいますから」
例えば、帆を操作するためのウインチや魔道具の推進器がそれに当たる。
仮に大型船の建造技術が流出したり、いずれ真似をされて同型の帆船を建造されてしまったとしても、それら魔道具の機密さえ守れれば、速度は当然、操船に必要な船員の数が違うから、コストで負けることはない。
「その通りだ。だとすると魔道具師も職人も数が足りないな……」
「そうなんです。だからそれをお父様に相談したくて」
王国の方針で、これまで魔石は魔道具兵器にしか使ってはいけなかったから、魔道具師は魔道具兵器を開発する軍事産業に従事している人がほとんどなのよね。
ゼンボルグ公爵領にも魔道具研究所はあるけど、王都にある魔道具研究所と同様、そこで研究開発されてきたのは魔道具兵器ばかり。
つまり、どこも実態は魔道具兵器研究所なのよ。
だから機密保持の観点から、魔道具開発に携わっている職人達も、やっぱり魔道具研究所に所属していて、誰も町で工房を構えていない。
王国中央や、魔石および特許利権貴族の領地では、一般向け魔道具の魔道具師や町に工房を構える職人達が徐々に増えてきてはいるみたいだけど。
残念ながらゼンボルグ公爵領ではまだ、お父様や中央に太いパイプと財力を持つ貴族しか一般向けの魔道具を持っていなくて、一般で工房を構えようって職人が出てくるほど魔道具熱は盛り上がっていないのが現状なのよ。
「魔道具兵器を開発している職人と工房から正式に募って、機密の魔道具を作る工房を立ち上げるとしても、あまり多くの人員を引き抜くわけにはいかないな」
私が作ったランプも新しい機構を備えているから、その職人さん達にお願いして本体と魔法陣の穴を空ける加工をして貰ったの。
私がやったのは、デザインと設計図を作ることと魔法陣を考案して描くこと、そして最後の組み立てね。
餅は餅屋。魔道具の本体を作るのはプロの職人にお任せするのが確実だもの。
だから、魔道具に理解がある腕の立つ職人が大勢欲しいのよ。
「一般に売り出す魔道具であれば、足りない職人は一般から集めても構わないだろうが、本体や機構はともかく、魔法陣を描ける魔道具師はほぼ皆無だろう」
「機密の魔道具は今のところ大量生産する必要はないですから、全部私が魔法陣を描けばいいですけど、一般向けは大量生産するために、何人も魔道具師が欲しいです」
全部私が魔法陣を描いていたら、それ以外の事が出来なくなってしまうもの。
魔道具師を養成するにも教師が必要。
でも、宛てはない。
ぱっと思い付くのはオーバン先生だけど……。
オーバン先生には開発をして欲しいから、教師役までは頼めないのよね。
それに多分、自分の開発が忙しいって、引き受けてくれないと思うし。
「最悪、他領からスカウトしてくるしかないですけど……」
「出来ればそれは避けたいところだな。事をなす前に事を荒立てては、こちらの事業が潰されかねない」
現役の魔道具師や職人を引き抜いたら、その領地の貴族とトラブルになること間違いなしだものね。
お父様と二人、頭を悩ませていると、ドアがノックされた。
「バローめでございます、閣下。今、お時間戴けますかな?」
私とお父様は顔を見合わせる。
オーバン先生なら、いい知恵を出してくれるかも知れない。
「バロー卿か、入ってくれ」
「失礼します。おや、マリエットローズ君。これは出直した方がよろしいですかな?」
「いや、構わない。丁度バロー卿に相談したいことがあったからな。まずはバロー卿の話から聞こう」
ふむ、と頷いて、オーバン先生が私を見る。
「マリエットローズ君が閣下の下を訪れていると言うことは、魔道具開発の魔道具師と職人についての相談じゃな?」
「はい、そうです。あ……もしかしてオーバン先生のお話と言うのも?」
「うむ、その通りじゃ」
オーバン先生が好々爺のように微笑む。
それから私の頭をポンポンと軽く撫でた。
「先日来、マリエットローズ君が頭を悩ませていたようじゃからな。儂に宛てがあるので閣下にご報告と相談をしようと、こうして参った次第じゃ」
それはなんてタイムリーなの!
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