47 シャット伯爵令息ジョルジュは思う 1
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「ゼンボルグ公爵家のマリエットローズ様が、帆船に大変ご興味がおありのようでな。我が家自慢の帆船で、一度船遊びをさせて差し上げたい。ご招待するのでくれぐれも失礼のないように。特にジョルジュ、お前は年も近い。二つ年上の紳士として、マリエットローズ様をエスコートするんだ」
一家団欒のリビングじゃなく、父上の執務室に母上まで呼ばれて、そう怖い顔で言われた。
いつも穏やかで愛想のいい顔をしているのに、仕事となると、しかもことゼンボルグ公爵家が絡むと、人が変わったみたいに怖くて厳しくなる。
僕はそれを聞いて、父上に恥を掻かせないよう、シャット伯爵家のために完璧にこなしてみせよう――なんて思うわけがなく、うんざりした気分になった。
「馬鹿馬鹿しい。なんで公爵家のお嬢様のわがままのために、わざわざそんなことを。うちに招待なんてしなければ良かったのに。本当に父上は格好悪い」
とは、さすがに面と向かっては言えなかったけど。
だって父上は格好悪い。
太ってるとかどうとかじゃなくて。
いくら公爵家が伯爵家より爵位が上だからって、へこへこ媚びへつらって、五歳のわがまま令嬢のご機嫌取りなんてしてさ。
しかも、そのまだ五歳の女の子を心酔してるんだ。
「マリエットローズ様は大変賢くていらっしゃる」
「マリエットローズ様の見識と発想は大変素晴らしい」
「マリエットローズ様のおかげで、我がシャット伯爵家は、ゼンボルグ王国当時の隆盛を取り戻すことが……いや、それ以上の隆盛を誇ることとなるだろう」
二言目にはマリエットローズ様、マリエットローズ様って、言ってて恥ずかしくないのかな。
「お前も家庭教師からの評価は高いが、それでもマリエットローズ様に比べたらまだまだだ。もっとマリエットローズ様を見習ってしっかり学びなさい」
これにはさすがの僕もむっときた。
僕はこれでも、家庭教師達から物覚えが良くて理解力も高くてすごいって、将来はきっと立派な領主になれるって、毎日のようにいっぱい褒められてるんだ。
僕より頭のいい子供なんて、きっと世界中探してもいないんじゃないかな。
そんな僕を二つも年下の女の子と比べて、まだまだで、見習えなんて、父上はやっぱりどうかしてる。
五歳の女の子に……いや、何年も前からこんな感じだから、まだ三歳くらいか?
三歳の女の子に何を言われたのか知らないけど、こんな父上、格好悪くて見たくなかったよ。
そんな風に思ったのは僕だけじゃなくて、母上もだ。
だから、そんな父上と母上は、最初は何度も喧嘩したらしい。
一時期、父上と母上が揃ってる部屋に入るの、ギスギスして二人が怖くて嫌だったから。
使用人達も陰でそんなことを噂してたし。
でも今では、母上までニコニコして『マリエットローズ様には感謝しかないわ』なんて言い出す始末だ。
しかも、父上と母上の喧嘩の原因になったゼンボルグ公爵家とマリエットローズ様のことを陰で悪く言ってた使用人達まで、最近はゼンボルグ公爵家のおかげ、マリエットローズ様のおかげなんて好意的に噂し始めてる。
お付き侍女のアンヌまで、最近は『ジョルジュ様、いつか立派な領主様になって、ゼンボルグ公爵家にお返しをしないといけませんね』なんて言うようになったんだ。
大人達がみんな揃ってこんな風になっちゃうなんて、最近は格好悪いを通り越して、なんだかちょっと気持ち悪い。
なんでもそのマリエットローズ様は、一部の船乗り達から『ポセーニアの聖女』って呼ばれてるらしい。
五歳の女の子が聖女様って、なんの冗談だよ。
大人の父上も母上も、使用人達や船乗り達までそんな風に変えちゃうなんて、本当は『聖女』じゃなくて『魔女』なんじゃないか?
そっちの方がよっぽどしっくりくる。
そう納得した途端、ブルッと震えがきた。
だって思い出したんだ。
小さい頃に読んで貰った絵本に書いてあった魔女のことを。
もうずっと昔のことだけど、この世界には魔法があって、絵本の魔女みたいに呪文を唱えて魔法を使う、魔法使い達がいたらしい。
今ではその魔法は失われてしまってるけど、その名残が魔道具なんだって。
でも、今でもどこかに悪い魔女が生き残っていて、悪い子の所に現れては、怖い魔法で悪い子にお仕置きして酷い目に遭わせるんだって。
僕ももっと小さい頃は、アンヌから『いい子にしていないと、怖い悪い魔女が攫いに来ますよ』って、何度もそう言われたから。
もしかしたら……そのマリエットローズ様は、その悪い魔女か、悪い魔女の生まれ変わりなんじゃないか?
それで父上や母上、使用人達や船乗り達を操って、悪いことを企んでるのかも。
そう思ったら、すごく納得出来た。
「だったら僕が……怖いけど僕が、父上と母上を守らないと」
悪い魔女のマリエットローズ様に騙されていない僕だけが、みんなを助け出せるんだから。
そして遂に、ゼンボルグ公爵家の方々が……悪い魔女のマリエットローズ様がやってくる日になった。
「どうしたジョルジュ、緊張しているのか? 大丈夫、公爵閣下も公爵夫人も、とても気さくで穏やかで素晴らしい方々だ。マリエットローズ様も利発で礼儀正しい、とても五歳とは思えないほどにしっかりされた方だ。そう緊張せずとも良い」
悪い魔女にたぶらかされてる父上の言葉なんて信じられない。
緊張するに決まってる。
だってこれから僕は一人で悪い魔女と戦って、その化けの皮を剥いで、みんなを正気に戻さないといけないんだから。
屋敷の外、玄関の前にずらっと使用人達を並べて待つことしばし。
やってきたすごく豪華で立派な馬車を出迎える。
この馬車の中に悪い魔女が乗ってるんだって思うと、心臓が飛び出してしまいそうなくらいバクバクと跳ねて、手の平が汗でびっしょりになってしまった。
やがて僕達の前で馬車が止まって、いよいよ扉が開く。
「さあ来い、悪い魔女め!」
震えそうになる拳を握り締めて、心の中でそう叫ぶ。
そして現れたのは……おどろおどろしい悪い魔女じゃなかった。
その日、僕の前に、一人の天使が舞い降りた。
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