43 子供同士の交流
船の舳先に立ったり船尾に立ったりして、流れる景色を眺め。
併走……と言うより、船足が遅いからどんどん追い越されているけど、周囲を飛ぶカモメを眺め。
大砲をペタペタ触ってみたり、狙いを付けて撃つ真似をしたりして遊び。
船の規模が小さいから、それに見合った狭さの船倉や船室を探検し。
手を繋いだエマを引っ張り回し、アラベルを連れ回し、初めての帆船を十分に堪能する。
その間、船は港から離れて、沿岸沿いに一路西へ向かって航海していた。
ただし船足が遅いから、二十分かそこら、あちこち見て回って堪能したにも関わらず、まだまだ港がよく見える距離だけど。
お父様とお母様、そしてシャット伯爵に船長さんや船員など、大人達は甲板に戻って来た私に微笑ましそうな顔を向けると、また何やら話し込んでいる。
無邪気な子供って思われていそう。
いやまあ、事実そう見えているだろうけど。
そして否定も出来ないけど。
とはいえ、私だって、ただ単に初めての帆船が珍しいから、無邪気にアトラクション見学気分で見て回っていたわけじゃない。
楽しんで堪能するのと同時に、様々に考えている道具を、果たしてどんな仕様で開発してどこに乗せるか、そういったことを実地で観察するのも兼ねていたから。
細々とした実務における話し合いはそのまま大人達にお任せして、私はそっちを考えようと思う。
と、思っていたら、ふと視線を感じて振り向く。
そうしたら、ジョルジュ君と目が合った。
たまたま……じゃないみたいね。
人見知りのジョルジュ君が、驚いたことに目を逸らしたり固まったりしないし。
大人達の話が難しくて飽きてしまったのかな?
「ジョルジュ様、船の旅は楽しいですね」
旅って言うほど大げさなものじゃないけど、せっかく話しかけるチャンスだから、そう声をかけてみた。
すると驚いたことに、今回は固まらず、逆に私に近づいてきた。
「マリエットローズ様は女の子なのに、そんなに船が好きなんですか?」
おおっ、挨拶以外で初めて声をかけられたわ。
嫌われていたわけじゃないみたいで、一安心ね。
これは子供同士、交流を深める絶好の機会。
「はい。好きと言うと、ちょっとごへいがあるかも知れないですけど、とても興味深いですね」
「ご、ごへ……?」
あ、七歳にはまだちょっと難しい表現だったかな。
言葉の意味をクドクド説明するのもあれだから、その疑問はスルーして、話を広げる方で。
「海って、広いですよね?」
「へ? あ、ああ、そうですね」
「どこまでも続いていますよね」
「そうですね」
「このままこの船で一年、二年と旅をしても、まだまだ終わりが見えないくらい、広いんですよ」
「そんなに……ですか?」
うん、想像も出来ないみたい。
まだ子供だし、領主の息子ってこともあって、お屋敷の中と見える範囲の近場しか自分の世界の広さはないわよね。
「はい。そんなに遠いところまで行けて、そんなに遠いところから、見たことがない色の髪や肌をした人、珍しい食べ物、珍しい動物などを、乗せて運んでこられるんです」
「それは……すごいですね。そんなこと、考えたこともなかった」
おお、ちゃんと会話が続いている。
人見知りでも、これだけの時間を一緒に過ごしたし、他に子供がいないから、ちょっとは打ち解けてくれたのかも知れない。
「お父様のシャット伯爵が、港を整備しているでしょう?」
「はい、父上が熱心にやっているみたいです」
「港が大きくなれば、そういう船が、もっとたくさんやってくるようになりますよ」
「そうなんですか?」
「はい。そして、珍しい物をたくさん運んで来てくれて、いっぱい見られるようになるんです。きっとシャット伯爵領は栄えると思います」
「えっと……そうなんですか?」
「はい、きっと」
領主の息子と言っても、この手の話はまだ早くて難しかったかな?
でも、何か思うところはあったみたい。
「マリエットローズ様に言われて、僕も少し船が身近に感じられるようになって、興味が出てきました」
「そう、それは良かったわ」
嬉しくて、にっこり微笑んだら、ジョルジュ君はまた固まってしまった。
せっかく会話が弾んでいたのに、我に返って人見知りを発揮してしまったのかしら。
でも……うん、子供同士の交流としては、上出来じゃないかしら。
「お嬢様……いえ、それはそれとして、お嬢様以外の子供には、話題のチョイスが少し難しかったと思いますよ?」
背後からアラベルの呆れ混じりの溜息が聞こえてきたけど、そこはスルーで。
一応、ちゃんと交流出来たからいいのよ。
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