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令嬢ではあるけれど、悪役でもなくヒロインでもない、モブなTSお嬢様のスローライフストーリー(建前)  作者: タカハシあん
第2章

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77 サンクチュアリ

「……工場、ですか……」


 アルドに工場を説明するけど、師弟制度の中で生きてきたアルドにはピンとこないものだった。


 まあ、そうよね。大量生産大量販売とかない。いや、麦も野菜も大量生産大量販売に当たるものだけど、それを同じだと考えられる知識がない。狭い世界でしか生きてないんだからわからないのも当然だ。


「ええ。五百個なんてバカげた数を用意するにはバカげた数を作り出す仕掛けを作らなくてはならないわ」


「それが工場だと」


「そうよ。アルドだって煉瓦を十個二十個なら用意するなら容易でしょう。だけど、それが百個二百個用意しなくちゃならないときどうする?」


「そうですな~。人を集めて作りますかね」


「それは土を集めてきて、練って、焼き入れしてと、一人一人にやらせる? 人数分の窯を作る? それでは効率が悪いと、土を集める班、練る班、焼き入れする班を組むでしょう?」


 今だって分担作業はしているでしょうが、一つ一つ頭で理解していかないとAとBが繋がらず、Cと言う答えが出せないわ。


「ま、まあ、そうですな……」


「役割分担を決めて商品を大量に生産していくのが工場よ」


「……な、なるほど……」


 まだ完全には理解できてないみたいだけど、長年職人としてやってきた経験がなんとなくは理解できてるのでしょう。


「これから人が集まってくるでしょう。そうなれば建物は増える。アルドにお願いすることも増えてくる。そうなったとき、あなたはできないと言える? 貴族相手に?」


「……いえ、言えません……」


 貴族は命令するだけ。下の者に配慮はしない。もちろん、そんな貴族ばかりじゃないけど、大半の貴族はそんなものだわ。それがよくわかっているのはアルドたち平民でしょうよ。


「あなたはカルディム領の民。この地に住む限りわたしの庇護対象よ。奴隷のように使うことはしない。だけど、お父様から命令されれば従わざるを得ないわ。所詮わたしは伯爵の娘でしかないのだからね」


 いい感じの立場にはいるけど、わたしより立場が上の者はたくさんいる。そんな人たちから命令されたら従うしかないのよ。


「でもね。下だからってなにもできないことはないわ。だって、わたしたちは考えられる人だもの。自分の身を守る方法だって考えられるわ」


 わたしは今、貴族としては危険なことを言っているでしょう。けど、上の者に負けないようにするには下を味方につけるしかない。わたしの手足となってくれる者たちを育てるしかないのよ。


「わたしがなにを言いたいかというとね。今のうちに煉瓦を作る班、木を加工する班、組み立てる班、細々とする班、勘定する班、交渉する班、あとはちょっと思いつかないけど、今から組織作りしなさいってことよ」


「そ、組織、ですか?」


「そうよ。わかりやすく言うなら商会になれ、ってことよ。それか、わたしの配下になるのもいいわ。組織作りはこちらでするし、職人の給金もこちらで払う。もちろん、どちらを選んでもよいこともあれば悪いこともあるわ。どうするかはよく考えなさい。ただ、このままでは職人たちは使い潰されるのは確かよ」


 まあ、使い潰されるのはわたしも同じだけど、そうならないための備えよ。わたしは自分のペースで生きていきたい派だからね。回避できることは先にやっておくのよ。


「まあ、いきなり決めろとは言わないわ。職人たちへの根回しもあるでしょうからね。まずは工場よ。こういうのを造って欲しいの」


 簡単な見取り図をアルドに見せた。


「多少の変更は構わないわ。春まで造ってちょうだい。そこまではわたしのほうでお父様を抑えておくから」


 あちらも大変でしょうが、不可能なことは不可能と教えておく必要がある。急いだところで自らの首を絞めるだけなんですからね。


「……もし、我慢ならないのなら逃げてもいいのよ。あなたとあなたの家族くらいなら遠くに逃がすことはできるから」


 それも言い訳の一つになるしね。


「いえ。お任せください。必ず春までは完成させます。お嬢様以上の雇い主はおりませんからな」


 きょとんとしたけど、すぐに微笑みを見せた。 


「そう思える雇い主でいたいものね」


 ではと、部屋を出ていった。


「──上手いものじゃな」


 と、コノメノウ様の声が近くからした。


「驚かせないでください」


「驚いたのか?」


「いえ、それほど驚いてはいませんね。コノメノウ様にしたら距離はあまり関係ないと思うので」


 コノメノウ様ともなれば距離や場所は関係ないと思う。館内はすべて見えているはずだ。見えてないと思うほうがどうかしているわ。


「そなたは怖いな。千里眼でも持っているのか?」


「それはコノメノウ様でしょう。できると言っているようなものですよ」


 まあ、千里眼ではないでしょうけど、別の方法で見ているのは確信しているわ。


「あ、心は見ないでくださね。恥ずかしいので」


 そこはわたしのサンクチュアリ。覗いたらプンプンよ。


「わしはそこまで万能ではない。そもそも人の心など見れないほうがよい。お互いのために、な」


「フフ。真理ですね。それで、なにかご用ですか?」


「酒が切れた。なにか変わった酒はないか?」


 この方はどんだけ飲むのよ? 金貨二百枚があっと言う間に消えそうね。


「まだ研究段階なので美味しいかわかりませんけど、これでも飲んでください」


 棚から壺を出してコノメノウ様に渡した。


「麦から作った蒸留酒です。水や炭酸水で割って飲んでみてください」


 ウイスキーは数種類しか飲んだことがないから味のイメージがつかないのよね。樽もブランデーが入っていたものを使ったし。不味かったら諦めるわ。


「なんでもよい。口直しにはなるだろうよ」


 きたときと同じように忽然と消えてしまった。


 まったく、自由な方で羨ましいわ。

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