69 かまくら
わたしは今、冬をエンジョイしている!
なんてハイテンションではないけど、楽しい今を送っていられるわ。
「お姉様~!」
子供の成長とは早いものよね。ちょっと教えただけで、すぐにスイスイ滑れるようになっているわ。
わたしも春には十六歳になるけど、まだ若い。なのに二時間も滑ったら疲れ果ててしまった。ウォーキングだけじゃ体力はつかないのね。
通りすぎていくレアナに手を振って応える。
「なにをしとるんだ?」
いつものように音もなく気配もなく現れるコノメノウ様。気配察知向上のピアスをしているのにまったくわからなかった。もしかすると移動しているのではなく空間を渡っているのかもしれないわね。
「氷滑りです」
単純な、とか言わないでね。まずはわかりやすい言葉で馴染ませたほうが取っつきやすいものなのよ。
「楽しいのか?」
「普段、感じることのない感覚を味わえることは楽しいものですよ。コノメノウ様も違ったお酒を飲むのも楽しいでしょう?」
もっとも、コノメノウ様はお酒が飲めれば楽しいんでしょうけどね。
「まあ、そうだな」
「コノメノウ様もどうです?」
「わしはよい。なんか目が回りそうだ」
残念。コノメノウ様が滑っているとこ見たかったのにな~。揺れる尻尾、可愛いでしょうに。
「では、別のものを用意しましょう」
「カエラ。メイドを呼んできてちょうだい」
「畏まりました」
カエラがメイドを呼びにいっている間にグリムワールで雪を集めて山にする。
固定の付与を施したら中をくり貫いてかまくらを作った。
前世で作ったことはないけど、雪祭りではよく見た。形はこれで正しいはず。あとは、付与で強度を施し、二酸化炭素中毒にならないように空気を循環させれば完成よ。
「かまくらか。懐かしいのぉ」
「……コノメノウ様、知っているんですか?」
この国にかまくらなんて文化なかったはずよ。雪が降る地は魔物がいる。とても外にこんなもの作れないわ。
「昔、作ってくれた者がいたよ」
それはわたしと同じ転生者ってこと?
帝国にもいるみたいだし、元の世界から転生してる者って結構いたりするのかしらこの世界?
「そなたこそよく知っておったな。かまくらなんて王国の者は知らんはずだが」
「帝国にはあるみたいですよ。雪で家を作ったり像を作ったりするそうです」
帝国の転生者さん、ごめんね。すべてはあなたの発想にさせていただきます。
「……そうか……」
「どうかしましたか?」
なにか考え込むコノメノウ様に首を傾げてみせた。
コノメノウ様。転生者がいるとわかっているみたいね。そして、わたしもその転生者じゃないかと疑っているのでしょう。
別に転生者であることがバレても構わないけど、どうせならもうちょっと黙っておきましょう。まだそのときではないと思うし。コノメノウ様がなにを考えているかわかってからでも問題ないわ。
「お嬢様。如何なさいました?」
あら、サナリがやってきたのね。
菜園担当のサナリだけど、さすがに冬はやることもない。雑用で動いてもらっていたのよ。
「火鉢二つと敷き布、クッションを五つくらい持ってきてちょうだい。あと、レイドーラに鍋料理を作ってもらって。鍋は二つに分けてね」
わたしたちだけではなく、護衛やメイドの分も用意しないとね。
サナリが戻り、ラティア、マーナ、ラグラナが荷物を持ってきてくれ、かまくらの中を調えてもらった。
「コノメノウ様。中へどうぞ」
炭が入った火鉢に火をつけ、火が回ったら干し肉を出して炙ってコノメノウ様に渡した。
「炭で炙るのも美味いものだ。熱燗が飲みたくなる」
「もちろん用意してありますよ」
清酒壺を出し、土瓶に移して火鉢にかけた。
「なかなか風情があるのぉ」
「それはなによりです。気に入ったら館の前にも作りますよ」
さすがにここで飲まれても困る。守護聖獣様を外に放り出したとウワサされちゃうからね。
「それはよいの。頼むとしよう」
温まった清酒をコノメノウ様が持つお猪口に注ぐ。
「いいのぉ」
くいっといっきに飲んでしまった。
「熱くありませんでしたか?」
熱燗はちょびちょび飲むのがいいんですよ。
「問題ない」
まあ、人と違うのだから心配する必要もないか。
「お嬢様。お待たせしました」
三十分くらいしてレイドーラが鍋を持ってきてくれた。
「悪いわね、突然」
「いえいえ、構いませんよ。鍋料理は簡単ですからね。ライグル領から届いた鶏鍋にしてみました」
卵だけじゃなく鶏まで届けてくれるとか感謝の手紙を書かないといけないわね。
「う~ん。いい匂いじゃのぉ~」
コノメノウ様も気に入ってくれてなによりだわ。
「もう少し煮立つまでお待ちください。内臓は煮れば煮るほど美味しくなりますので」
帝国には内臓料理があってなによりだわ。わたし、もつ鍋って大好きなのよね。
「ラグラナ。レアナとマーグ兄様を呼んでちょうだい。お昼にしましょう」
もうお昼は過ぎているけど、二人は滑るのに夢中で止められなかったのよね。でも、そろそろ食べさせないといけないでしょうよ。
二人がやってきたらアルコールなしの甘酒を温めて飲ませてあげて一息つかせた。
落ち着いたら空腹を思い出したのでしょう。二人のお腹が鳴ってしまった。
「フフ。さあ、たくさん食べなさい」
いい感じに煮立った鶏肉と野菜を小皿に掬ってやり、二人に渡した。




