59 教会・孤児院
今日は孤児院に向かう日だ。
わたしがいくことは前に伝えており、今日いくことは叔母様から連絡を出してもらっている。
用意もできているので時間までゆったりしたら館から持ってきた馬車で出発した。
「いい馬車ね。揺れをまったく感じないわ」
婦人会繋がりでいくので叔母様にも同行してもらってます。
「馬車自体に快適に過ごせる付与とクッションに揺れを相殺する付与を施していますから」
「あら、いいわね。うちの馬車にもお願いできる?」
「わかりました。あとで施しておきますね」
コノメノウ様の部屋に魔力充電壺を四つ置いてある。馬車に付与を施すくらい造作もないわ。
「街は賑やかのようですね」
冬だと言うのに人の往来は結構あり、屋台なんかもちらほらと見て取れた。
「二年前の流行り病もあなたのお陰で乗り越えられたし、今年は豊作でもあったからね。他の領地から人が流れてきているそうよ」
「食糧難になればもっと増えるかもしれませんね。今のうちに治安維持できる組織を創っておいたほうがいいかもしれませんよ」
貧困は治安を悪くする。領地の者ならカルディム家の言葉に従ってくれるでしょうけど、外から流れてきた者は暴力で返してくるでしょうね。
「……旦那様に伝えておくわ」
「まあ、仕事を与えるというのも手ですよ。食事を与えれば安く開墾できますし」
食べさせるだけで力仕事をしてもらえるんだから安いものだわ。
「だから食糧を溜め込めさせているのね」
「人間、お腹が満ちていればそう暴れたりしませんからね」
なにかあったときはお金より食べるものがあったほうが強いもの。高値で売ることもできるしね。
領都はそれほど大きくもないので孤児院には十分もしないで到着。シスターや子供たちが並んで待っていた。
この領地だけで言えばわたしも叔母様も上位者。弱者が従うのも媚びるのも仕方がないこと。それが弱者の処世術だ。
わかっていても前世の記憶と常識、価値観があるとそれが不快に見えてしまうのよね。もう十五年以上この世界で生きているんだから慣れて欲しいものだわ……。
馬車から降りると作り笑いのお出迎え。わかっていてもこちらも作り笑いで応えるのだから上位者も上位者で大変よね。
「ようこそいらっしゃいました。子供たちも楽しみにしておりました」
「ありがとうございます。わたしも楽しみにしてましたわ」
なんて心にもない会話をしながら院の中に案内してもらった。
通された部屋にはマルヤー婦人とラアナオ婦人、他にも上品そうな婦人が集まっていた。
……婦人会のメンバーか……。
わたしは初対面なので、マルヤー婦人から紹介を受ける。
なかなか手間がかかることだが、この時代では紹介は大切な行為。これを蔑ろにするとあとで大変なことになる。第一印象でお互いの印象が決まるからね。
十数人もの名前なんて一回じゃ覚えられないけど、顔だけは今覚える必要があるので頭をフル回転させて覚えた。
挨拶が終われば神父や院長との挨拶。それだけで一時間もかかってしまったわ。
婦人会は叔母様に任せ、わたしは神父と院長と話をする。
「突然の訪問、申し訳ありません」
再度、突然訪問したことを謝罪する。そちらにしたら面倒なことでしょうからね。
「いえいえ。レイア様や婦人会には大変お世話になっております。普段、誰もこないのでお客様がきて子供たちも喜んでおります」
そんなわけあるかい! なんて突っ込みたいけど、突っ込んだところで誰も得しない。それは嬉しいわ~と喜んでおく。
「そうそう。心ばかりではごさいますが、お受け取りください。領主の娘として訪れるのが遅くなった謝罪です」
綺麗な箱を出した。
中身は金貨十枚と銀貨五十枚。領主の娘が出す額ではないけど、それだけ教会を気にしていますよって意味を含めての額なのよ。
「チェレミー様の心遣い、ありがたくお受けします」
控えていたシスターが箱を受け取ると、部屋から持ち出した。
「それと、子供たちに贈り物を持って参りました。それもお受けいただければ幸いです」
それは兵士が運び込んでいるのであとで確認してくださいな。
「お心遣い、感謝します」
狙ったかのようにお茶が運ばれてきて一旦クールタイム。子供たちの暮らしぶりを聞いたりしてお互いのコミュニケーションを図った。
「失礼します。昼食の用意が整いました」
またまた狙ったかのように年長の孤児が現れた。仕込みかしら?
「チェレミー様もご一緒にどうでしょうか? 子供たちも喜ぶでしょう」
「ええ、ご一緒させていただくわ」
決まった流れではあるけど、あったほうが教会としては助かる。一教会が領主一族にどうこうできるわけじゃないんだからね。
神父と院長に案内され、食堂へ向かった。
食堂には婦人たちもいて、わたしは院長の隣を勧められた。
緊張が支配しているけど、皆は笑顔を見せている。
なんの茶番だ? とは言わないで。これも予定調和。お互いのために必要なことなのよ。
「神に祈りを」
神父の言葉で皆が祈りを捧げる。
「さあ、いただきましょう」
一分くらい祈ったら神父の音頭で昼食となった。
ハァー。流れが決まっていても疲れるものは疲れるものね……。
心の中で嘆息しながらも表情は笑顔。質素な昼食を美味しそうにいただいた。




