68 ウィステリア公爵家の晩餐会 8
「…………」
兄の言葉を聞いた私は、ごくりと唾を飲み込んだ。
お兄様がこんな言い方をするということは、私が『世界樹の魔法使い』と関係があると、兄は考えているのだろうか?
……もっと言うならば、私自身が『世界樹の魔法使い』だという可能性があるのだろうか?
―――でも、私はゲームの主人公に成り得ない、ただの悪役令嬢でしかないのに。
それなのに、『世界樹の魔法使い』だなんて重要な役割が割り当てられることがあるのだろうか?
たとえば主人公をより強力に見せるために、ライバルである私に『世界樹の魔法使い』という役割を与えることは……、うん、そういうことなら、ありそうな気がしてきたわね。
私は静かに考え込み、けれど、でも、だとしたら、と思い当たった。
そして、おずおずと口を開く。
「お兄様、……今の話でいくと、ここにいる皆様は、私のせいで危険な目に遭う可能性があるように聞こえました。私に関する推測だか秘密だかを共有することは、私に関するリスクも併せて共有するということではないですか? だとしたら……巻き込むべきではないと思います」
私の言葉を聞いたサフィアお兄様は軽く首を傾けると、では、皆の判断を確認しようとばかりに、居並ぶ男性陣を見回した。
最初に口を開いたのは、ジョシュア師団長だった。
「サフィアとルチアーナ嬢から信頼に足ると思ってもらえ、打ち明けてもらえるのならば、私はぜひ聞かせてほしい。……3年前、サフィアが『東星』と契約を結んだのは、私が不甲斐ないせいだった。そのことをずっと心苦しく思っていた。関連する話でもあるのならば、頼んででも聞きたい。……そもそも、私は師団長の一人として王国の平和を担うべき立場だ。国家の大事にかかわることであるのならば、ぜひ、一員として加わらせてほしい」
師団長の言葉を聞いたオーバン副館長が、同意するかのように深く頷く。
「私が王国国立図書館を勤務先に選んだのは、世の中に未だ多く存在する未知のものを発見し、多くの者に知らしめることで、よりよい世界を作るためです。そのための道が開かれようとしているのに、避ける理由はありません。……もちろん、未知のことを知りたいという思いは、私を形作る根幹であるので、純粋な興味だけでも聞かせてほしいものではあるのですが」
兄2人とは異なり、なぜだか真っ青になったルイスが震える声を出す。
「僕もぜひ聞きたい! ウィステリア公爵家の印があるということは……僕は絶対に、聞かなければいけないんだ」
最後にラカーシュがまとめるかのように口を開いた。
「私にとっては既知の情報だが、……その私から言わせてもらうと、サフィア殿の話は聞くべき情報だと思う。無知は罪だ。何かを意見するにしても、全てを知った上で語るべきだし、知っていることで選択できる行動の幅が増えるのだから」
4人の男性が迷いなく、リスクも含めて私の秘密を共有することに同意した状況を、兄は至極当然といった風に受け止めた。
兄は4人に向かって軽く頷くと、私に視線を向ける。
「さて、ルチアーナ。お前の心配は杞憂だということが証明されたぞ。それでもまだ……お前の話をすることは躊躇われるか?」
変わらず私の意思を尊重してくれようとする兄を見て、私はぐっとお腹に力を入れた。
この段階になっても私はまだ、何の関係もない人たちを巻き込んでいいものかと迷っていたのだけれど、私に話すかどうかの判断を委ねながらも、話を聞いたならば全てを受け止めようとしているお兄様、ラカーシュ、ジョシュア師団長、オーバン副館長、ルイスを見て心が決まる。
こんなに無条件に受け入れる決意をしてくれている彼らに対して、話さないことは不誠実に思えたからだ。
私は皆に向かってぺこりと頭を下げた。
「私は自分が何者か(=脇役の悪役令嬢だ)ということを分かっています。けれど、兄には兄の見解があるようで、仮に兄の見解が当たっていれば、それをお聞かせすることで皆様はリスクを負う形になります。それなのに、聞くという決断をしてくださって、ありがとうございます」
お礼を言いながら、どうして誰もがこんなに志が高いのかしらと思う。
ラカーシュにしろウィステリア3兄弟にしろ、私とは顔見知りとしか呼べない間柄だ。
それなのに、そんな私の秘密を共有して、ハイリスクを引き受けようなんて、普通の感覚ではありえないはずだ。
そう考える私を知らぬ気に、兄は髪をかき上げながら皆を見回した。
「さて、話を戻すとしようか。『東星』がルチアーナに手を出した理由について検証していたのだったな。私が考え得る、可能性が高いと思われる理由は2つだ。1つは、私との魔力供給契約の終了を惜しんだがゆえの行為ではないかということ。そして、もう1つは、……ああ、そうだ、師団長。私の推測を提示する前に、魔術について1つ質問があるのだがよいだろうか?」
兄の言葉を聞いた途端、ジョシュア師団長の表情が用心深いものに変わった。
「お前が、魔術について私に質問をするだと?」
けれど、兄は気にすることなく、純粋そうな表情で言葉を続けた。
「ああ、昨日、ルチアーナが魔力を行使するところを目にしたのだが、……妹はレベルとナンバリングを省略した上に、魔術名を誤っていた。つまり、魔術を構成する3要素である、属性、レベルとナンバリング、魔術名のうち2つが不一致だったのだ……」







