53 魅了の力 11
……分かっていた。
もちろん、ルイスの兄のジョシュア師団長が攻略対象者だということは分かっていた。
けれど、私にかけられた魅了を解くためには、ジョシュア師団長の力が必要なことも分かっていた。
―――先ほど、サフィアお兄様は決断してくれた。
私の魅了を解くことが最優先で、それ以外のリスクは全て引き受けると。
全てが終わった時に、兄が無傷ということはないだろう。
比喩的な話だけど、大なり小なり傷を負うか、もしくは、鎖につながれる形になると思う。
国の中枢にいる人物に秘匿情報を打ち明け、力を借りるということは、そういう話なのだ。
なのに、兄は一切迷わなかった。
計算もしなかった。
ただ、無条件に私を選び取ってくれた。
……そんな状態で、断罪が怖いから攻略対象を避けたい、なんて私が言えるわけがない!!
腐っても、私は悪役令嬢なのだ。ここは、迎え撃つしかない。
そう思う気持ちが強すぎて、先ほどジョシュア師団長を睨んでしまったのは、間違った方法だったと今では思う。
別に真っ向勝負で迎え撃つ必要はなかったのだ。
私は気持ちを新たにすると、ぐっとお腹に力を入れた。
王太子と一通りの会話を終えたジョシュア師団長が、私に向き直ったからだ。
「自己紹介をしてもよいかな、ご令嬢。王国陸上魔術師団の師団長を務めている、ジョシュア・ウィステリアだ。弟のルイスよりあなたのことは聞き及んでいる」
言いながら、ジョシュアは綺麗な所作で一礼した。
本当に、ジョシュア師団長は一挙手一投足が流れるように美しいわよね。
公爵家としての高等教育の賜なのかしら。
私もお返しにと深く腰をかがめる。
相手は格上の公爵家なので、万が一にも失礼だと思われないようにと丁寧な礼を取る。
「お初にお目にかかります、ルチアーナ・ダイアンサスです。お忙しい中にご足労いただきまして、痛み入ります」
それは心からの言葉だった。
前世では社会人を経験してる身の上だ。
組織のトップに位置する人間がどれほど忙しいかについて、全く分からないというわけではない。
陸上魔術師団のトップであるジョシュア師団長が、分刻みのスケジュールをこなしているだろうことは容易に予測できた。
それなのに、今日の昼頃にルイスに相談した案件について、夕方前には師団長自ら足を運んでくれるだなんて、どう考えても破格の対応だ。
私ごとき、王宮に呼びつければいいというのに。
これら一連の動きから、ジョシュア師団長が誠意をもって対応してくれていることは、簡単に理解できた。
そのことについて、心から感謝を覚える。
けれど……師団長が自ら、他の全てのスケジュールを返上してまで私を訪ねてきたということは、それだけの重要案件だと判断したことも見て取れた。
代々強大な魔力を持つウィステリア公爵家の嫡子で、王国陸上魔術師団長の立場にある者だ。
そんな魔術について1、2位を争う程詳しいジョシュア師団長の決断は、非常に重いと言わざるを得なかった。
そして、そのことについては、エルネスト王太子もラカーシュも感じ取っているようだった。
2人ともに、師団長が直接出向くほどの案件で、かつ、師団長が何も口にしないことで秘匿情報に入る部類の案件だということを、言われずとも理解しているようだ。
だから、一切の質問をしてこない。
本当に優秀な2人だわ。
こんな2人が将来、国の中枢にあるのだとしたら、我が国は安泰ね。
そう考える私に対して、ジョシュア師団長は片手を差し出してきた。
「ルチアーナ嬢さえよろしければ、『春の庭』を案内してもらえるかな? 弟が言うように、あなたの髪色が咲き初めの藤と同じ色なのかを比べてみたいと思ってね」
そう言いながら、茶目っ気を覗かせる様子でジョシュア師団長が微笑む。
……うーん、すごいわね。
師団長自らが最優先で行動している案件だ。この『魅了事件』は重要案件で、師団長もそのことを十分理解しているはずだ。
それなのに、真っすぐにその件に向かってこないで、別の話題を差し挟む余裕があるなんて。
ああ、ジョシュア師団長は兄と同じで、絡め手もできるタイプに違いない。
笑ったり、驚いたり、とぼけたりして、色々な情報を引き出すタイプだろう。
ほほほ、私の兄が正にそのタイプですから、耐性はありますよ。
私、負けないから!
そう意気込んで、私はジョシュア師団長とともに教室を後にしたのだった。







