50 魅了の力 8
「ラカーシュ様は優秀なのね……」
思わず感心するかのように呟くと、ラカーシュの頬の赤みが増した。
「うっ……」
そんなラカーシュの様子を見ていた私の口から、思わず言葉が零れる。
白皙の美貌にうっすらと紅を差した様子は、何とも言えないほど魅力があったからだ。
ラカーシュの状態異常を知らなければ、彼が嬉しさで紅潮しているように見えることだろう。
そして、どんな理由があるにせよ、元喪女の私からしたら、過ぎたる光景なのは間違いない。
ああ、こんなに麗しいラカーシュのご尊顔を間近で見られるなんて、男性との接触があまりにもなさ過ぎた前世を神様が憐れんで、帳尻を合わせようとしてくれているのかもしれない。
思わず見惚れた私だったけれど、ラカーシュの麗しさにやられているのは、私だけではなかったようだ。
普段にないラカーシュの様子に、未だ耐えていた数少ない女生徒たちも、「眼福……」と呟きながらばたばたと倒れていく。
うわわあ、今日のラカーシュの破壊力は物凄いわね。王太子を凌いでいるわ。
そう考えていると、その王太子が私たちに向かって近付いてきた。
それから、ラカーシュの肩に手を掛ける。
「ラカーシュ、お前、一体どうしたんだ?」
エルネスト王太子はラカーシュの顔に自分のそれを近付けると、心底理解できないといった風に尋ねてきた。
王太子の訝し気な表情を見て、……まあ、王太子の立場だったら、そう思うだろうなと考える。
ラカーシュはつい数日前まで、私のことを王太子の周りをうろつく邪魔者と思っており、彫像様の本領発揮とばかりに、冷たい対応をしていた。
それが、週末を1つ挟んだだけで、当の王太子を無視して私のところへ来るばかりか、次々と執着心溢れる言葉を連ねるご執心ぶりだ。
一体ラカーシュに何が起こったのだろう、と訝しむ王太子の気持ちはよく分かる。
分かるけど、『魅了にかけられましたー』なんて告白は、この衆人環視の中でラカーシュにはできないと思うのだけれど。
果たしてラカーシュは、僅かに目を眇めると王太子に返事をした。
「どうした、とはどういうことだ? 私はただ、ルチアーナ嬢と会話をしているだけだ。お前こそ、会話をしている途中に割り込むなど、明らかなマナー違反ではないか?」
ラカーシュの言葉を聞いた王太子が絶句する。
確かに、今のラカーシュの発言は、心配して近寄ってきた王太子を邪険に扱うものだった。
王太子が驚愕するのは当然だと思う。
けれどですねえ、王太子。
……魅了。魅了状態なのですよ、ラカーシュは。
超レア魔術にかかっており、私が素敵に見えて仕方がないのです。
だから、見逃してやってください。
「ラカーシュ、お前……」
王太子は何事かを言いかけたけれど、聞く耳を持たない表情のラカーシュを見て、言葉を飲み込む。
代わりに王太子は、私をぎらりと見ると、憎々し気に睨みつけてきた。
それは、まるで諸悪の根源である魔女を見るような目つきだった。
や、ちょ、これ、完全に私を悪女と思い込んでいる目ですよ。
ラカーシュをたった数日で誑かした、悪い魔女とでも思っている目ですよ。
ちょっと、ニュアンスが違いますからね。
私は悪役令嬢であって、悪女ではありません。そこのところ、正確にお願いします。
そう主張したいのだけれど、ちょっと口にはできないわよね、と思っていると、聞きなれた声が響いた。
「まああ、お兄様! マナー違反だなんて、怪我をしている妹を置き去りにした人間が、よくも言えますわね!」
突然の朗らかな声に驚いて振り返ると、教室の入り口にラカーシュの妹のセリアが立っていた。
元気そうで良かったわ、と微笑みそうになったけれど、セリアの全体が目に入った途端、私の眉間に皺が寄る。
「……え? セ、セリア様? どうなさったの……?」
思わず、言葉が零れる。
なぜなら、セリアは片腕に包帯をぐるぐると巻いていて、明らかに怪我をしていたからだ。







