47 魅了の力 5
「ま、ま、魔物? が、私を所有したい?」
私は聞き間違いであればいいなと思いながら、恐る恐るルイスに確認する。
けれど、ルイスは無情にも、真顔で肯定してきた。
「うん、あくまで僕の推測だけどね。人間の中で『魅了』を使えるのは弟のダリルだけだったはずだけれど、既に亡くなっているから、きっと人間の中にあの特殊魔術を使える者はいないと思う。だから、ルチアーナ嬢に魅了をかけた者は人間以外のもので……1番可能性が高いのは、魔物だと思う」
「そ、それ以外の可能性はないのかしら?」
「僕が知っている限り、『魅了』を使える存在は、ウィステリア家の継承者、高位の魔物、基本的にこの2つのみだ。他にもいるけれど、……それはもう、出会うことすら困難な超高位な存在になるから、カウントする必要はないと思う」
「な、なるほど。じゃあ、仮にだけど、魔物が私に魅了をかけているということね。ええと、ということは、AランクとかBランクとかの魔物なのかしら?」
魔物は討伐が難しい順にA、B、C……とランク分けされている。
ルイスが高位の魔物というくらいだからAランクかBランクかなと思って尋ねてみたのだけれど、ルイスが答えるよりも早く、兄が口を差し挟んできた。
「いや、ルチアーナ。お前を魅了しているモノは、魔物ではないだろう」
「へ?」
「お前に『魅了』の魔術をかけているのは、恐らく『コンラート』だ」
コ、コンちゃんが!
いや、うん、薄々そうじゃないかとは思っていたけれど。
突然出てきた名前に不思議そうに瞬きをするルイスに向かって、兄が説明を始める。
「私とルチアーナにはコンラートという名前の弟がいたが、9年前に亡くなっている。その後、ルチアーナは四足獣を侯爵邸で飼い出しており、この獣が昨日になって突然、人間の姿に変わった。亡き弟とそっくりの容姿の人間にな」
「……えっ! 獣が人間の姿に変わった!?」
ルイスは衝撃を受けた様に、兄の言葉を繰り返した。
兄はルイスの視線を受け止めると、肯定の印に頷いた。
「そうだ。だが、最も問題なのは、私たちには昨日初めて人間に見えた『コンラート』が、ルチアーナにはずっと人間の姿に見えていて、亡くなった実の弟だと思い込んでいることだ。だから、妹に術をかけたのは『コンラート』だと思われる。若しくは、『コンラート』を操っているモノがいるとしたら、その何者かだ」
「なるほど」
兄の言葉を聞いたルイスは、考え込むかのように片手を顔に当てた。
そんなルイスを見つめると、兄は言葉を続ける。
「『コンラート』からは昨日も含め、今までに一度も魔物の気配を感じたことはない。『コンラート』自体が、あるいは、その背後にあるモノが魔物である可能性は薄いだろう。私がその気配を見逃すはずはないからな」
そこまで話を聞いたルイスは、信じられないと言った風に、軽く頭を振った。
「サフィア殿、あなたの話が全て事実だとするならば、ルチアーナ嬢に魔術をかけたのは……超高位者だ。ほとんどおとぎ話の世界でしかない。たとえば、『世界樹の魔法使い』だとか、そのレベルだよ」
『世界樹の魔法使い』―――最近聞いた単語の再登場に、兄がぴくりと頬を引きつらせる。
けれど、ルイスはそんな兄の変化には気付かなかったようで、言葉を続けた。
「魅了の力の大きさは、術者の魔力×思いの強さだ。そして、目的は一つ、望み通りに相手を動かすことだ。『コンラート』は、君に何をさせたいのだろうね?」
それから、ルイスは大きなため息をつく。
「内容が大きすぎて、僕の手には負えないな。僕には兄がいて、王国魔術師団に勤務しているから、よければ兄に尋ねてみようと思うのだけど、いいかな?」
ルイスがこの情報を、自分の兄に開示してよいものかを尋ねてきた。
……ええと、これはどうしたものかしら?
ルイスはさらりと紹介したけれど、彼の兄というのは王国の超高位の職位者だ。
わが国には3つの魔術師団があり、そのうちの1つである陸上魔術師団の師団長がルイスの兄にあたる。
つまり、王国中の優秀な魔術師が属している魔術師団の中でも、たった3名しかなれない師団長の一人ということだ。
国の組織である魔術師団のトップに話した情報は、国が把握する情報と同義になることは間違いない。つまり……
私は魅了の魔術をかけられていて。
術者は私の弟に擬態している『コンラート』、もしくは『コンラート』を操っている何者かで。
そして、その術者はきっと、おとぎ話にしか出てこないような超上位の存在である。
……うーん、この話を外に漏らしても、大丈夫なのだろうか?
正解が分からず迷っていると、兄が代わりに返事をした。
「陸上魔術師団長に相談してもらえるなど、願ってもない話だ。この件で最悪のシナリオは、ルチアーナの魅了が解けないことだ。妹の状態異常を回復するためなら、それ以外のリスクは全て受け入れよう」
兄らしい、思い切りのいい判断だった。







