285 緩衝地帯で一休み? 1
「緩衝地帯? 行ってみたいです」
「今年から始まった新しい試みがあるんですよね。私も行ってみたいです」
セリアと私は、ユーリア様の提案に一も二もなく賛成した。
3人の意見が一致したため、私たちはウィステリア公爵家の兄弟と別れると、緩衝地帯に向かうことにする。
その際、ダリルは私に付いてくると言ったので、手をつないで一緒に歩きながら、これから行く場所について説明した。
「緩衝地帯は領地戦に疲れた人が、一休みするための場所なのよ」
現在進行形で実施中の『聖夜の領地戦』だけれど、非領土エリアである緩衝地帯はゲームの対象外地域となっている。
そのため、生徒たちは緩衝地帯を訪れることで、ゲームから一時的に離脱し、聖夜祭ならではのイベントを楽しむことができるのだ。
さらにいうと、ゲームに参加したくない生徒はずっと緩衝地帯に滞在することで、ゲーム不参加という選択を取ることもできる。
「もしかしたら緩衝地帯には、ゲームに参加したくない生徒が大勢集まっているかもしれないわ。それに、緩衝地帯には聖夜ならではのイベントがたくさん準備してあるの。だから、きっと楽しいはずよ」
「どんなイベントがあるの?」
子どもらしい興味を持って尋ねてくるダリルに、私は事細かに説明する。
「そうねえ、『聖夜の特別な食事を提供する食堂』、『過去を振り返って話をする談話室』、それから、『プレゼントを交換する広間』が準備されているわ。これらは去年も実施されたから、お姉様も参加したけど、とても楽しかったわ」
「へー、確かに楽しそうだね!」
熱心に聞き入るダリルに、セリアがさらなる情報を追加する。
「今年はさらにルチアーナお姉様のアイディアで、『ヤドリギを飾った部屋』と『祝歌が響く礼拝堂』が追加されているのよ」
ダリルは目をきらきらと輝かせた。
「すごく楽しそうだね! こういうイベントは大勢で参加した方が絶対に楽しいよね」
あら、ダリルは私やセリア、ユーリア様がいるから、より楽しめると言っているのかしら。
彼は4人兄弟の末っ子だけど、魅了の魔術のせいで一人っ子のように育てられた。
だから、たくさんの人と一緒にいることに憧れがあるのかもしれない。
それに、ずっと母親とともに公爵邸に引き籠っていたから、外部のイベントに参加するのは初めてじゃないかしら。
だとしたら、大いにはしゃいで楽しむべきね。
「ダリルはどこか行ってみたいところはある?」
歩きながら質問すると、ダリルはすぐさま口を開いた。
「お姉様のアイディアで追加されたイベントというのを見てみたいな。だから、『ヤドリギを飾った部屋』と『祝歌が響く礼拝堂』に行きたい!」
いいわねと相槌を打つ前に、ダリルがさらに希望を述べる。
「あと、毎年実施されているイベントは、人気があるから継続されているんだよね。だったら、『聖夜の特別な食事を提供する食堂』と『過去を振り返って話をする談話室』と『プレゼントを交換する広間』にも行きたい!!」
ダリルの真剣な顔がおかしくて、私は思わず笑ってしまった。
「ふふふ、ダリルったら全部じゃないの。お姉様もちょうど全てのイベントに行きたいなと思っていたところだったから、全部回りましょうね」
「いいの?」
驚いたように目を丸くするダリルに、もちろんよと微笑む。
「もちろんよ! 端から順番に回りましょうね」
「やったあ!」
それでいいかしら、とセリアとユーリア様に顔を向けると、2人とも微笑みながら頷いてくれたので、感謝を込めて頭を下げる。
それから、ダリルに向かって元気よく声をかけた。
「ダリル、まずは『聖夜の特別な食事を提供する食堂』に行くわよ!」
「分かった! この時のために、今日の僕は朝も昼も抜いてきたんだ! 食堂中の食べ物を食べ尽くしてみせるよ」
私はじとりとした目でダリルを見る。
「それは素敵な心意気だけど、朝食と昼食を抜いたにもかかわらず、お腹が鳴らないところを見ると、ものすごく寝坊したわね」
「あー、いかにお姉様といえど、僕は手の内を見せないタイプなんだ」
「そうでしょうとも」
私は笑い声を漏らすと、皆と一緒に食堂に足を踏み入れた。
すると、先に入ったセリアが声を漏らす。
「あら、カール様がいますわ」
セリアの視線を追うと、窓際のテーブルにカールが一人で座って食事をしていた。
カールはお兄様のもとに預けてきたはずだけど、食事タイムで抜けてきたのかしら。
確かに夕食を食べるにはいい頃合いよねと考えている間に、物怖じしないダリルがカールのもとに近付いていった。
何をする気かしらと目で追っていると、ダリルは屈託なくカールにしゃべりかける。
「こんにちは、一緒にご飯を食べてもいい?」
カールは『どうして学園にこんな小さな子どもがいるんだ』とばかりに目を瞬かせたが、近くにいた私たちに気付いたようで、はっとしたように立ち上がった。
「ルチアーナ嬢!」
「またお会いしましたね。ダリルが先に誘い掛けたようですが、私たちもご一緒していいですか?」
セリア、ユーリア様とともに尋ねるように見つめると、カールは一も二もなく頷いた。
「もちろんだ! その、……緩衝地帯には、サフィア殿に誘われて来たのだ。彼は別の部屋にいる」
「そうなんですね」
お兄様も緩衝地帯に来ているのねと意外に思っていると、隣にいたセリアが納得したように頷いた。
「緩衝地帯で催されるイベントの多くは、毎年実施されているものです。そして、例年、生徒会ではそのイベントに積極的に参加するよう、人気のある生徒たちに依頼しています」
「そうなんですか?」
知らなかったわと驚いて聞き返すと、セリアはにこりと微笑んだ。
「人気のある生徒はそもそも社交性が高いので、誰とでも打ち解けて話をすることができますし、話し相手として楽しいんです。ですから、多くの生徒たちに聖夜祭を楽しんでもらうため、いわばご褒美として人気のある生徒を配置するんです」
そういえば、聖夜祭ではエルネスト王太子やラカーシュと食堂で遭遇する率が高いという噂があったけれど、こういうからくりだったのね。
「とはいえ、今年は領地戦を開催することになったので、領地戦を抜けてまで緩衝地帯のイベントに参加してくださいとはお願いできませんでした。しかし、例年その役割を担ってくれた方々は、言われずともちゃんと分かっていて、役割を果たしてくださるみたいですね。素晴らしいです」
皆様、頭がよくて配慮深い方々ですわ、と呟くセリアの言葉を聞いて、頭の中にエルネスト王太子やラカーシュの姿が浮かぶ。
本当にこの学園には、頭がよくて気が利いて素晴らしい男性がたくさんいるわよね。
そして、その中にはお兄様も含まれるということね。
私は落ち着かない様子のカールをじっと見つめる。
きっとお兄様は来年の聖夜祭を見越して、『将来のご褒美候補』であるカールまで連れてきたのでしょうね。本当に優秀で抜け目がないこと。
「……ルチアーナ嬢、どうかしたのか?」
私がじっと見つめていたため、カール本人から心配そうに尋ねられる。
私は何でもないわと首を横に振ると、カールの前に並べられた料理に視線を落としたのだった。







