279 ときめきの聖夜祭 13
「お姉様は本当に純真だよね! 飛んで火にいる夏の虫というか、鴨が葱を背負って来るというか、とんでもなく危なっかしいけど、お姉様が協力してくれるというのならば、何の気兼ねもいらないな」
「ええ」
前半とんでもない言葉を聞かされた気がするけど、このくらい小さい子は言葉の意味が分からずに誤用したりするのよね、と聞き流すことにする。
それから、もちろん協力するわと頷くと、ダリルは内緒話をするように小声になった。
「僕はね、ルイスもジョシュア兄上も、どちらもすごくいい恋人になると思うんだ。でも、こういうのは相性があるから、2人とも試してみるべきだろうね。じゃあ、まずは一押しのルイスからいくよ」
一体何を試すのかしらと考えていると、ダリルは矢じりの部分がハート形になった弓を私に向け、至近距離で瞳を見つめてきた。
「魅了発動。ルチアーナは・ルイスが・けっこう好き♡」
その瞬間、心臓に大量の血液が流れ込んだような感覚が走る。
どくりどくりと高鳴り始めた胸を押さえると、私はとても大事なことを思い出したような気持ちになった。
ダリルは伸びあがってもう一度私の瞳を覗き込むと、満足したように頷く。
「お姉様の瞳がけっこうなピンク色になったね。魅了の魔術がけっこうかかったって印だ。でも、意外だな。お姉様は異常状態に対する耐性が全然ないんだね。サフィアは完全耐性を持っていたから、お姉様も似たようなものだろうと思って強めに魅了をかけたから、やり過ぎた形になっちゃったな」
ダリルは独り言のように呟くと、私に向かって手を伸ばしてきたので、私は慌てて両目を手で押さえる。
「ダリル、余計なことをしてはダメよ! もしもかけた魔術の効果を弱めようとしているのなら止めてちょうだい。私はルイス様への想いを薄めたくないんだから」
ダリルは満足したようににこりと微笑んだ。
「それがお姉様の望みなら僕は何もしないよ。双子だから言うわけじゃないけど、僕はルイスがこの世で一番素敵な男性だと思うんだよね」
私は両目を抑えていた手をずらすと、そろりとダリルを見る。
「……私もルイス様はとても素敵だと思うわ」
「お、お姉様?」
それまで黙って成り行きを見守っていたセリアが、驚いたような声を上げた。
それから、彼女は手を伸ばしてくると、ぎゅっと私の手を握ってくる。
「ダ、ダメです! お姉様は魅了魔術で心を操られていますわ!!」
ダリルが横から口を差し挟む。
「魅了魔術にもかけ方があってね。元々、存在しない好意を新たに生み出す方法の他に、元々ある好意を膨らませるものがあるんだ。僕がお姉様にかけたのは後者だよ。それに、お試しの魔術だから10分くらいで切れるんだ。聖夜のお楽しみとしては、見逃してもらえるレベルじゃないかな」
「でも、でも、ダメです!」
セリアが戸惑った様子ながらも再び否定すると、ダリルはさらに言い募ってきた。
「お姉様の好きにさせていたら、きっと100歳になっても恋心が何かを理解できないんじゃないかな。それじゃあ、お姉様を好きな人たちが報われないから、僕が一肌脱いで、お姉様に恋の訓練をさせるだけだよ」
セリアはぶんぶんと首を横に振る。
「でも、お姉様がルイスに恋心を抱くなんてダメです! だって、お兄様はお姉様のことが好きなのに……」
「ふうん、じゃあ、この後、お姉様がラカーシュに好意を抱くよう魅了魔術をかけるのはどう?」
ダリルが新たな提案をすると、それまで聞く耳を持たなかったセリアが頬を染めて顔を上げた。
「えっ」
そんなセリアにダリルは邪気のない顔で微笑む。
「今夜の僕は、みんなに素敵な恋を運んであげるつもりだから、ラカーシュにも運んであげるよ」
「ま、まあ、それは……」
いいのかしら、と悩む様子のセリアに、ダリルは軽い調子で提案した。
「大丈夫! 今夜は聖夜だから、誰もが好きという気持ちに満たされて、ハッピーになるだけだよ。ルチアーナお姉様に好かれて不幸せになる相手なんて、いるはずないんだから」
「それは……そうですね」
セリアが納得したように頷いたので、どうやら話がついたようだわと笑みを浮かべる。
「セリア様、私はルイス様のところに行ってくるわね」
「……はい」
セリアが気乗りしない様子ながらも頷いたので、私はこれ幸いとルイスのもとに向かう。
彼の周りには大勢の生徒がいたけれど、私は何とか彼らをかきわけて進むと、ルイスの横に立った。
それから、私はどきどきと高鳴る胸に手をあてながら、きらきらと輝く白皙の美少年に声をかけたのだった。
「ルイス様!」







