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悪役令嬢は溺愛ルートに入りました!?  作者: 十夜


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【SIDE】フリティラリア公爵家ラカーシュ 上

『運命は、覆せないものだ』


私、ラカーシュ・フリティラリアは、『先見』の能力を継承する一族の一人として、誰よりもそのことを理解していた。



―――私が12歳の時、わずか7つの妹が『先見』の能力を顕現させた。


『先見』は私たち一族が、その血統の元に守り続けた、稀有にして貴重な能力だ。


『未来を見通すことができる力など、人の身に与えられる能力としては度を過ぎている』

『超越した能力は、同様の犠牲を必要とする』

『妹のセリアは過大なる力を与えられた分、苦しむだろう』


……そんな風に、妹の力が顕現した時から懸念していた私の心配は、現実のものとなった。


妹の強大すぎる力への代償が、『期限付きの命』であることが判明したからだ。

妹が視る先見の内容から、先んじてそのことを理解した私は、セリアを甘やかした。


彼女の時間は限られている。

ならばせめて、楽しいと思う時間を、喜ばしいと思う時間を、少しでも長く持ってほしいと思ったからだ。


けれど、私の行為は父に否定された。

「それは、お前の若さゆえの感傷だ。セリアは先が短い。ならば、未練を残さないように、この世界には楽しいことなどないのだと教え込むことが肝要だ。()()()()()、『()()()()()()()()()()使()()()()()


―――父の言うように、私は若いのだろう。


経験が不足しているので、父の言うことが理解できない。


『短い生であるからこそ、楽しいことを数多く経験してほしい』

どうしても、私の考えはそこに行きついた。


12歳の私は既に帝王学を学んでいる最中であったため、使用できる時間は限られていた。

そのため、空いた時間をかき集めて、あるいは、自分の役割や授業をすっぽかして、セリアと同じ時を過ごせるよう努めた。


妹が幼いうちは、山へ連れ出して甘い木の実を採ったり、川へ連れ出して魚を獲ったりした。

セリアは公爵令嬢としては考えられないほど日焼けしたり、大口を開けて屈託なく笑ったりしていた。


7歳でしか楽しいと思えないこと、8歳だから楽しいこと、9歳からできる楽しみ。

その年齢でしか楽しめないことを、十分に与えてやりたかった。


セリアが長じてからは、街へ連れ出して人気の甘味店を巡り、妹が望むままに甘味を食べ比べたりした。

流行のドレスを作らせ、出来上がるまでの時間を楽しみ、届いたら着用させて共にダンスを踊った。


「お兄様、楽しいです」

私と踊りながら、14歳になった妹が嬉しそうに目を細めて笑う。


そんなセリアの姿を見て、「よかったな」と答えながらも、胸の中に小石が一つ詰められていくような苦しさを感じていた。


―――妹の生は短い。

確実に、私よりも早くこの世を去るだろう。


だから、せめて少しでも幸福な生であるようにと、妹が喜ぶ機会を増やしてみるけれど、私に出来ることはそれだけだった。


『偽善』『偽善だ』

そう、心の中で声がする。


『セリアの望みは、華やかなドレスを着て踊ることなのか? ……違うよな?』

私を責める声がする。


『セリアの望みは15歳になることだ。叶えてやれよぅ、お兄ちゃん?』

明確な意思を持って、私を断罪する。


―――その通りだ。

―――妹の望みは『生きたい』ということで、外遊びもケーキもドレスも全部、私の自己欺瞞のための行為だ。

―――たった1つの妹の望みすら、私は叶えてやることができないのだ。


そのことを自覚しながらも、妹のわずかな笑顔を引き出すために、場当たり的な行為を繰り返す。


……ああ、なんと無意味で、偽善的な行為か。


自覚している分、胸の中に罪悪感が降り積もる。


妹が「楽しかった」と笑顔になる度に、「ありがとう」とお礼を言われるたびに、胸の中に石を1つずつ詰められている気持ちになる。

なぜなら、私が行っているのは、妹がたった1つと望んだことではないのだから。


幼い頃、妹はぽつりと言った。

「長生きしたいな」

―――そう、確かに言った。


けれど、妹が視た未来に何度私が挑んでも―――…………



『お兄様、私の従魔が魔物に襲われて、殺されます。助けてください!』

『ああ、助けよう』


―――確かに、セリアの従魔を魔物から守ることはできた。

けれど、魔物に襲われた際にかかった『呪い』で、従魔は命を落とし……



『お兄様、ご友人の乗った馬車が崖から転落し、友人は大怪我を負います。助けてください!』

『ああ、助けよう』


―――フリティラリア公爵家の名前を使った要請だ。セリアの友人は旅程を変え、馬車が事故に遭うことはなかった。

けれど、旅行先の川でセリアの友人は橋から落ち、重篤な怪我を負って……



妹が視た未来に何度私が挑んでも、1度だって結末を変えることはできなかった。


「どうして? どうして、未来は変わらないの? だったら、私の力は何のためにあるの!?」

幼い頃、セリアは取り乱して叫んでいた。


耳に優しい言葉で妹を慰めながらも、私自身も自問していた。

『なぜだ? なぜ、未来を変えられない? セリアが視る悲劇を変えるために、私はここにいるのではないのか!?』


けれど、何度も変えられない未来を繰り返すうちに、いつしか妹は『変わらない未来』を受け入れるようになった。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と、そう理解したのだ。


……諦念とともに、私が理解したのと同様に。



そして、何度も、何度も、悲しくも残酷な、自分が視た通りの未来を現実として受け入れざるをえなかった妹は、―――いつしか真の望みを口にしなくなった。


セリアが『長生きしたい』と口にすることは、二度とないだろう。

なぜなら、―――それは叶えられない望みだと、妹は知ってしまったのだから。


証明したのは私だ。


何度も何度も私は挑み、全力で妹が視た悲劇的な結末を変えようとしたけれど、1度だってそれは叶わず―――逆説的に、運命は変えられないということを証明したのだ。


セリアに絶望を与えたのは、彼女の死が逃れられないものであると立証したのは、私だ。


―――ああ、父が言うように、私は若いのだろう。

傲慢なまでに。


自分の力を知らず、『先見』の能力の絶対さを理解せず、存在しなかった希望を妹に見せた。

―――それは、結局のところ、数倍の絶望になって戻ってくるというのに。


それなのに、私はどこまでも偽善的で。

セリアが一瞬でも微笑むような、刹那的な楽しみを運び続ける。


自分の無力さを自覚し、打ちのめされているにも関わらず、まだ虚勢を張り続ける。

王国の筆頭公爵家であるフリティラリア家の嫡子だと、顔を上げるのだ。


多分、これは贖罪なのだろう。

絶望的な未来しかない妹に、その絶望をより深く理解させた私の、せめてもの贖罪。


……セリアが死ぬ瞬間まで、自分の兄は立派だったと誇っていられるように。



だからこそ、私は誰よりも気高く、慈悲深く、弱き者を助ける存在であるよう努めた。


顔を上げて。前を向いて。

出来ぬことは1つだってないのだと、自分に言い聞かせた。


―――実際は、ただ1人の妹すら救うこともできないほど無力であるにも関わらず、強く、何だって出来るのだという強者の仮面を被り続けることを、私は自分に強要し続けたのだ。



愚かなことに。


滑稽なことに。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 「偽善」と言う言葉の意味を一度調べてみてくださいm(_ _)m [一言] 私は「偽善」が大好きです(*゜▽゜)ノ
[一言] セリアだけじゃなくラカーシュも救ったことになるのか
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