264 聖夜祭前イベント 1
聖夜祭当日、私は思ったよりも早い時間にセリアに起こされた。
「ルチアーナ様、プディングを食べに行きましょう!」
「プディング?」
『聖夜』は特別な日だから、朝起きていきなりデザートを食べても許されるのかしら、と首を傾げたところで大事なことを思い出す。
「プディング! つまり、巨大な聖夜プディングということですね」
そうだった。今日はチームごとに聖夜プディングを食べて、役付きになる生徒を決めるのだったわ。
兄と私で役付きになるぞ、と兄は言っていたけれど、私は昔からくじ運が悪いのよね。
私は制服に着替えると部屋を出て、セリアとユーリア様と別れた。
聖夜プディングはチームごとに準備されているので、北チームである私は北エリアに向かう。
「わあ、すごい! 既に会場のセットは終わっているのね」
歩きながら顔を上げると、色んなものがクリスマス仕様になっていたため、思わずはしゃいだ声を上げた。
噴水には大きな赤いリボンがかけてあるし、樹木にはオーナメントボールや雪の結晶をかたどったものが飾ってある。
それから、樹木と樹木を赤いリボンでつないであり、そのリボンにはきらきらと輝く星がぶら下げてあった。
「ああー、前世で一番好きなイベントはクリスマスだったのよね。不思議だわ、クリスマスってだけですごく楽しい気分になってくるわ」
他にどんなものが飾ってあるのかしら、と周りを見回したところで、地面の色が変わっていることに気付く。
「まあ、分かりやすいように領地ごとに色分けしてあるのね」
領地戦では、学園内の敷地を東西南北の4つのチームに分ける。
そのため、敷地内の北西から南東に向かってまっすぐな線を一本、それから、北東から南西に向かってまっすぐな線をもう一本引き、それらの線で囲まれたエリアをそれぞれの領地とすることになっていた。
そして、私が所属する北チームは敷地内の北エリアで、本校舎、第一グラウンド、中央噴水などを含む庭の一部が領地と定められていた。
「確かに、地面の色を変えてあると、領地を間違えることはなくなるでしょうね。そして、北地域は金色の地面なのね」
普段と違う景色を物珍しく思いながら本校舎に入ると、指定された部屋の扉を開ける。
すると、そこには既に大勢の生徒が集まっていた。
そして、大きな聖夜プディングが奥のテーブルに飾られていた。
聖夜らしい華やかな飾り付けをされたプディングは、遠目にも美味しそうに見えたけれど、集まった順に切り分けられているようで、半分ほどの大きさになっている。
「やあ、ルチアーナ、お前は残ったプディングを全て食べたそうな顔をしているな」
兄がどこからか近寄ってきて、ふざけたことを耳元で囁いた。
私は顔を上げると、じろりと兄を睨みつける。
「プディングを全て食べたそうな顔って、どういう顔ですか」
そんな顔はしていないわと思いながら言い返すと、兄がにこやかに続けた。
「腹が減っているのであれば、プディングを通常より大きく切ってもらったらどうだ」
冗談ではない。プディングの中にミニチュアが隠してあって、それを引き当てた者が役付きになるというのが聖夜プディングのルールだ。
そうであれば、できるだけ小さなプディングを食べて、ミニチュアを引き当てる可能性を下げるのが賢い悪役令嬢のやり方だろう。
「ほほほ、お兄様ったら。私はお淑やかな侯爵令嬢ですよ。朝から大量のプディングを食べるなんて、子どものような真似をするはずがないでしょう。それに、昔っから謙虚な行いをした者にこそ、いいものが与えられるんです」
前世で読んだ昔話を思い出しながら、兄にそう告げる。
とある絵本の中に、心優しいおじいさんがおみやげにもらうつづらを自ら選ぶシーンがあった。
心優しいおじいさんは小さいつづらを選んだのだけれど、その謙虚さゆえに中身は宝物だったのだ。
一方、欲をかいて大きなつづらを選んだ意地悪おばあさんの場合、つづらの中から蛇とか虫とか好ましくないものが出てきたんだったわ。
それらの教訓を思い出しながら、選り分けてもらった小さなプディングを一口食べたところで、ふにゃりと顔が緩む。
「何てことかしら、これは極上のプディングだわ! さすが聖夜のご馳走ね」
食べてしまうのがもったいなくて、噛まずに口の中で溶かしていると、何かが口の中に残った。
不思議に思って取り出すと、それはティアラのミニチュアだった。
「あっ、しまった!」
私ったら役付きになるつもりはなかったのに、なぜかミニチュアを引き当ててしまったわ。
今思えば、優しいおじいさんは小さなつづらを選んで幸運が訪れたのだったから、私は優しいおじいさんの行動を真似するべきではなかったのよ。
「な、何てことかしら! 私はいつだってものすごく運が悪いのに、引き当ててしまったわ!!」
あああ、こんなところで運を使い果たしてどうするのかしら。
私が本気で嫌がっていることは分かっただろうに、兄は朗らかな声を上げた。
「やあ、ルチアーナ。お前がプリンセスだ」
その瞬間、集まっていた生徒たちからわっと歓声が上がる。
何の心構えもできていなかったため、戸惑って瞬きをしていると、兄が握りこぶしを私の前に突き出してきた。
嫌な予感を覚えながら見つめていると、兄が握っていた手をゆっくり開く。
すると、兄の手の中から剣のミニチュアが現れた。
言葉を発することができず、無言のまま見つめると、兄はにこりと綺麗な微笑みを浮かべた。
「そして、プリンセス、私がお前を守る騎士だ」







