259 新たなる学園イベント 3
学園の優等生の言葉には説得力がある。
そのため、ラカーシュの言うことに一理あるわねと思った私は、むむむと考え込んだ。
「ラカーシュ様の言う通りですね。では、衣装はチームごとに揃えることなく、既に準備している物を着ることにしましょうか。代わりに、それぞれの生徒がどのチームに所属しているのかを見分けるため、顔にマークを貼付するのはどうでしょう」
「マーク?」
ちっとも理解できないとばかりにラカーシュが聞き返してきたので、私はこくりと頷く。
「分かりやすいように、トランプのマークとかがお勧めですよね。たとえば全生徒を4チームに分け、皆の顔にクラブ、ダイヤ、ハート、スペードの印を付けるんです」
側で話を聞いていたエルネスト王太子は顔を引きつらせると、動揺したような声を出した。
「まるで宮廷道化師のようだな。男子生徒はまだしも、女子生徒がそのようなマークを顔に付けるのには抵抗があるのじゃないか」
確かにそうねと納得しかけたところで、まさにその女子生徒であるセリアとジャンナが、何の問題もないと太鼓判を押す。
「いえ、これっぽっちも抵抗ありませんわ!」
「ええ、むしろわくわくしてきますよね!」
それから、セリアとジャンナはきらきらした目を私に向けてきた。
「お姉様、すごく面白そうですわ! それでチーム戦では何をしましょうか?」
「ルチアーナ様、盛り上がるためには、順位を決めるような競争が必要ですよね!」
確かに競争を促すゲームは盛り上がりに欠かせないけど、聖夜に相応しいのはどんなものかしら、と考えながら口を開く。
「それでは……メンバー争奪戦はどうでしょうか。まず、学園の敷地を4つに分け、4チームそれぞれの領地にします。それから、全生徒に一律のポイントを与えるんです」
セリアとジャンナが大きく頷いたので、説明を続ける。
「生徒たちはずっと自分の領地にいてもいいし、交流したいなと思う生徒がいたら、その者の領地に出掛けてもいいことにしましょう。そして、ゲームが終了した時点で、それぞれの領地ごとにポイントを合計し、一番ポイントが多かったチームを優勝とするんです」
セリアはぱちりと両手を打ち鳴らした。
「すごくいい考えですわ! 聖夜祭は学友たちと親しく過ごすイベントですから、まさに理想的なゲームですね。魅力的だと思う友人がいれば、その領地に行って、友人のために自分のポイントを提供するということですね」
ジャンナもぎゅっと両手を組み合わせると、夢見るような眼差しを浮かべる。
「このゲームのいいところは、生徒を取り合って争うのではなく、自分の意思で自領に残るか、他領に行くかを決定できることですね」
2人のわくわくする気持ちが伝染したようで、私も高揚しながら頷いた。
「ええ、平和的ですよね。とはいえ、誘惑や交渉はありにしますので、そこはいい塩梅でお楽しみいただければと思います」
うふふふと女子3人で笑い合ったところで、セリアが何かに閃いたように大きな声を出す。
「いいことを思い付きました! 『収穫祭』のゲームでは、エルネスト様やお兄様を他の生徒より高ポイントにしましたよね。今回もそんな風に、人気のある方々を高ポイントにしたら、盛り上がるのではないでしょうか?」
すかさず、ラカーシュが信じられないといった眼差しを妹に向けた。
「セリア、お前は何ということを言い出すんだ! 学園のイベントで、実の兄を売ろうというのか?」
セリアはまさかそんなと首を横に振る。
「私がお兄様を売り渡すことなんて、絶対にあり得ませんわ。そうではなく、生徒会副会長として、お兄様自らイベントを盛り上げるために、一肌脱いでくれるということです」
まあ、セリアはすごいわ。
恐らく本人は意識して発言しているわけではないのでしょうけど、ラカーシュの責任感の強さを上手に刺激して、自主的に協力せざるを得ないような雰囲気を作り出しているわ。
予想通り、ラカーシュは先ほどまでの勢いはどこへやら、たじたじとなっている。
「そ……れは確かに、私の立場であればイベントが成功するよう尽力すべきだが……しかし、セリア、私は収穫祭で本当に大変な目に遭ったのだ!」
ラカーシュは必死に訴えていたが、セリアは無邪気に微笑んだだけだった。
「ええ、お兄様のおかげで、私のクラスメイトたちもすごく楽しかったと言っていました」
このままでは負けると思ったラカーシュが、別の切り口で話を始める。
「……収穫祭の時に思ったのだ。同じ生徒なのに、明らかに差を付けるのはいかがなものかと。他の男子生徒だって、高ポイントを付与されたい者がいるはずだ」
「そのような方々は、次のイベントで選ばれるよう、お兄様たちをお手本にして切磋琢磨されるのではないでしょうか。まあ、そう考えると、学園全体の生徒の質の向上にもつながりますわね」
「そうかもしれないが……」
明らかに妹に押されているラカーシュがかわいそうになり、私は妥協案を提示した。
「それでは、事前にチームごとに巨大な聖夜プディングを食べるのはどうでしょう。大きなプディングを、全員で少しずつ食べるのです。プディングの中に『姫君』『騎士』『聖職者』といったミニチュアをあらかじめ入れておき、引き当てた生徒がそれぞれの役を引き受け高ポイント者になるのです」
ジャンナが感心したように拍手をした。
「素晴らしいアイディアです! 誰が見ても明らかな事前選抜の人気者に加えて、運によって選ばれた高ポイント者がいれば、不公平感が完璧に薄まりますね」
セリアも頬を赤らめると、嬉しそうな笑みを浮かべる。
「ああ、どんどん楽しいゲームになってきますわ! さすがお姉様です。エルネスト様やお兄様が意見を出すたびに新たなアイディアが飛び出てきて、聖夜祭がどんどんブラッシュアップされていきます」
「…………」
「…………」
ぐっと唇を引き結び、黙り込む王太子とラカーシュを前に、私も嬉しくなって言葉を続ける。
「一般の生徒のポイントですが、自領に残っていたらそのままだけど、他領に行ったらポイントが2倍になるというのも面白いですよね」
「ああー、最高です!」
「そのルールを定めれば、生徒同士の誘惑や交渉が積極的になって、交流が進みそうです!!」
興奮する2人に、私は忘れないうちにと説明を付け足す。
「もちろん、全員がそのゲームに参加したいわけではないでしょうから、ゲームの対象外となるエリアも用意しておきましょう。その非領土エリアには、例年同様『聖夜の特別な食事を提供する食堂』『過去を振り返って話をする談話室』『プレゼントを交換する広間』といった部屋を準備するんです。……いえ、さらに『ヤドリギを飾った部屋』や『祝歌が響く礼拝堂』など新たな部屋を追加するのも面白いかもしれないですね」
少し考えた後、新たなアイディアを追加すると、セリアとジャンナが興奮して両手を叩いた。
「天才! お姉様は本当に天才ですわ!! どうしてこれほど次々に素晴らしいアイディアが湧いてくるのでしょう! お話を聞いているだけで、楽しくなってきましたわ!!」
「ええ、私もわくわくが止まりません!!」
楽しそうに拍手をするセリアとジャンナとは対照的に、男性3人は顔色を悪くして、ぼそりと呟いた。
「……楽しいだと? どうやったらそんな心境になれるのだ。私はむしろ血の気が引いてきたぞ」
「なぜだ。なぜ2か月もかけて念入りに準備してきたものが、たった10分で根底から覆されるんだ」
「ううう、オレはお腹が痛くなってきました」
珍しく泣き言を言う3人に向かって、私は元気な声をかける。
「聖夜祭まであと3日しかありません。そうであれば、まずは学園の生徒を4チームに分けてしまいましょう!」
男性3人は無言で顔を見合わせた後、観念したように頷いたのだった。
長らくお待たせしてすみません。
ノベル新刊発売記念で出版社H.P.にSSを載せているので、よかったら覗いてみてください。
https://magazine.jp.square-enix.com/sqexnovel/special/2024/akuyaku08_ss.html







