256 カールの感謝 2
「ルチアーナ嬢、オレに礼を言われるのは不快か?」
私が無言でいたのを何と思ったのか、カールは思ってもみないことを言ってきた。
そのため、私はびっくりして目を見開く。
「え?」
カールを見つめると、彼は不安そうな顔をしていたため、まあ、ここまで自己肯定感が低いのねと顔をしかめた。
すると、カールはその表情を誤解したようで、「引き留めて悪かった」と言いながら踵を返そうとしたので、はしりと彼の上着の裾を掴む。
「カール様、話の途中でいなくなるのはマナー違反ですよ。評判の悪い私とこれ以上話をしたくないのであれば仕方ありませんけど」
わざとカールが嫌いそうな表現を使うと、彼は勢いよく振り返り、大きな声を出した。
「そんなはずがないだろう! ……あ、いや、大きな声を出してすまない」
カールはすぐに謝罪すると、困惑した様子で片手を上げ、髪をくしゃりとかき混ぜる。
それから、何を言えばいいのか分からない様子で口を噤んだ。
それらの行動を見たことで、カールは人に慣れていないのだわと気付く。
彼は母国で家族に虐げられていたとの話だったけど、日常会話を交わす相手もいなかったのかしら。
私は自分の身に置き換えて考えようと、過去を振り返る。
悪役令嬢だったルチアーナは、当然のように皆に嫌われていた。
高飛車で我儘な性格をしているから自業自得だったけど、それでも皆に嫌われることは嫌なものだった。
一方のカールは何一つ悪いことをしていないのだ。
それなのに、不当に両親を奪われ、さらに皆から遠巻きにされていたのだとしたらあんまりだわ。
「カール様、差し出がましいことを言いますが、嫌なことは嫌だと言っていいと思いますよ」
「何だって?」
私の言いたいことが分からずに、戸惑った様子で聞き返してくるカールに向かって、私は考えながら言葉を続ける。
「最近まで、私は思うがままに生きてきました。我儘過ぎたので皆に嫌われていましたが、それでも言いたいことを言って、やりたいことをやっていたので、私自身はすっきりしていました。私は極端な例ですが、それでも全部胸の中に溜め込むことなく、少しくらいは言葉にした方がいいと思います」
カールは感情を読み取られたくないとばかりに目を伏せた。
「……それは、オレと兄姉の関係を言っているのか? 先日の茶会でも、紅茶に毒が入っていたことを一目で見抜いたことだし、君は我が国の事情に詳しいようだな」
あ、しまった。わざわざ避けるべき話題を持ち出してしまったわ。
「え、ええと……その……」
何て誤魔化そうかしらと焦って言葉を探していると、カールが理解した様子で言葉を差し挟んできた。
「君はダイアンサス侯爵家の令嬢だ。だから、我が国のリシチトン侯爵家の者と親しいのだろう」
「えっ」
あっ、そうだったわ。前世の記憶が戻って以来、一度も会っていないから忘れていたけど、私にはカールの母国であるニンファー王国に親戚がいるのだったわ。
高位貴族の親戚は高位貴族で、政治の中枢にいたりするから、王家の家族関係を知っていたとしても不思議はないのよね。何て便利なのかしら。
私の表情を見たカールは何事かを勝手に想像したようで、納得した様子で頷いた。
「やはり、オレのことはリシチトン侯爵家から聞いたのだな。ふっ、オレの情けない立場はこの国まで届いているというわけか」
カールが自嘲するように唇を歪めたので、私は思わず彼の服をぎゅっと握った。
「でも、ここはカール様の国ではありませんよ!」
「ああ?」
「ここにはあなたの兄姉も、監視役もいませんから、好きに過ごせるはずです」
「それは……」
戸惑ったようなカールを見て、ああ、やっぱり彼はゲーム通り、自分が『次代の生贄』として育てられていることを知っているのだわと気付く。
いつか国のために死ななければならないと決まっているとしたら、毎日を楽しむことなんて絶対にできないはずだ。
カールの人生は過酷だわと思った私は、思わず彼に誘い掛けていた。
「カール様、今度の冬休みに、私は兄とともにカンナ侯爵領に行く予定なんです。よければご一緒しませんか?」
いつも読んでいただきありがとうございます!
「このライトノベルがすごい!2025」で、溺愛ルートが3位にランクインしました!!
キャラ男性部門でサフィア5位、ラカーシュ37位、女性部門でルチアーナ7位です。
昨年に引き続きのランクインとなり、全ては投票してくださった皆様のおかげです。変わらぬ応援を本当にありがとうございます(˘͈ᵕ ˘͈♡)ஐ:*







