252 白百合領再訪問 3
「え、私が村の恩人?」
聞き間違えたのかしら、と思って聞き返してみたけれど、王太子は間違いないと肯定した。
前回訪問時と違い、村人たちが次々と親し気に声を掛けてくれることを訝しく思っていたけれど、恩人とは一体どういうことかしら、と首を傾げたところで長老の家に到着する。
子どもたちに手を引かれるまま家の中に入ると、長老が暖かい声を掛けてくれた。
「ルチアーナ、よく来なさった」
最後に長老と顔を合わせたのはそれほど昔ではないというのに、懐かしい気持ちになって笑みを浮かべる。
「長老様、またお会いできて嬉しいわ」
前回同様、小さなテーブルの周りに全員分の椅子を置き、ぎゅうぎゅうになって座ると、王太子がテーブルの上に包みを置いた。
そこから美味しそうな匂いが漏れてきたので、子どもたちがくんかくんかと鼻を動かす。
「君たちにお土産だ。王宮料理人が作ったパンだから美味しいはずだ」
どうやら前回美味しそうにパンを食べていた子どもたち用にと、村長に渡したものとは別にパンを準備していたようだ。
子どもたちは歓声を上げると、嬉しそうに包みからパンを取り出し、大きな口でかぶりついた。
「わあ、美味しい!」
「うん、ドナおばさんのパンと同じくらい美味しいね!」
子どもたちの笑顔を見ていると、目の前のパンがとんでもなく美味しいものに思えてきて、思わず手を伸ばす。
「あら、本当に美味しいわね」
夢中になってもしゃもしゃと食べていたところ、微笑ましいものを見る目つきをした長老と王太子、ラカーシュに気付いたため、はっとした。
しまった、このままではいい年をした淑女の私が、子どもチームに入れられてしまうわ。
私は慌てて手に持っていたパンを包みの上に置くと、長老に向かって頭を下げる。
「長老様、お世話になりました。村外から引いてきた水を使用するべきだと、長老様が村の人々を説得してくれたと聞いたわ」
そう、安全な水を引いてきたとしても、村人全員が使ってくれるとは限らない。
そのことを密かに心配していたけれど、どうやら長老が解決してくれたらしい。
「ふふふ、ただ話をしただけじゃ。私のように年を取った者が話をすると、若い者は反対しにくいようじゃからのう」
長老からしたら、全ての村人が『若い者』になるんじゃないかしらと思いながら、長老に感謝する。
私が心配した通り、村人たちにとってこの地の湧水は大切なものだから、体に不調が起ころうともそのまま使い続けたい、と言い出した者が一定数いたらしい。
けれど、長老が説得してくれたおかげで、反対派の人々も『長老の言葉ならば仕方がない』と、村外から引いてきた水の使用を受け入れたとのことだ。
「長老様のお言葉は絶大ね」
感謝を込めてそう言うと、長老はおかしそうに微笑んだ。
「今後はルチアーナの言葉もそうなるじゃろうて。何と言っても、村の恩人様じゃからの」
「村の恩人様?」
王太子も同じようなことを言っていたわねと首を傾げると、長老に変わって王太子が説明を始めた。
「ルチアーナ嬢、君がこの地のために体を張ってくれたのは事実だ。だから、ありのままの話を村人たちに伝えたのだ。もちろん、話の内容は精査してあるから、心配しなくていい」
王太子が最後の一言を付け加えたのは、私が魔法使いであるというような秘すべき情報は割愛したと伝えるためだろう。
「ルチアーナ、ありがとう!」
「ルチアーナのおかげで、村の皆が助かったのよ!!」
子どもたちがパンを食べる手を止め、頬を染めながら見つめてきたので、えっ、私はそんな大そうなものじゃないわと慌てる。
「ち、違うわよ。私が恩人だと言うのなら、むしろ……」
と言いながら王太子とラカーシュを見ると、他人事のような顔をしていたので、もしやと疑問が湧く。
私は2人に向き直ると、念のために確認してみた。
「エルネスト様、ラカーシュ様、念のための確認です。私は頑張りましたけど、お2方も同じように頑張りましたよね。そのことはきちんと皆さんに伝えたんですか?」
私の質問を受けた2人は、気まずそうに視線を逸らした。
「……いや、私たちはそれほど大した働きはしていない」
「ああ、肝心な場面では、その場に突っ立っていただけだ」
えっ、王太子とラカーシュは本気で言っているのかしら。
「冗談ですよね? お二人がいなかったら、飛竜に襲われた時点で私と聖獣はやられていましたよ」
「…………」
「…………」
なぜか黙り込む2人を、私は交互に見つめる。
「謙遜は美徳ですが、やり過ぎですよ。この3人だったからこそ全員無事だったし、聖獣は再生できたんです。そうですよね?」
王太子は伏せていた目を上げると、私の反応を確認するかのようにちらりと見る。
「……危険な場所にご同行願ったのだから、君を守るのは当然のことだ……という言葉は受け入れてもらえないのだろうな」
王太子の言葉に無言のまま頷くと、2人は困ったように眉尻を下げた。
それから、王太子とラカーシュは戸惑った様子で目を瞬かせる。
「……そうか」
「他ならぬルチアーナ嬢の言葉だから、その通りなのだろうな」
「そうですよ!」
力いっぱい頷いた私がおかしかったのか、2人はふわりと微笑んだ。
「ルチアーナ嬢、ありがとう。私たち3人だったからこそ全員無事だったし、聖獣が再生できたという君の言葉は非常に嬉しかった」
「ああ、君が本気でそう思ってくれることが分かるから、救われた気持ちだ」
心に染み入るような声で告げる2人に、私は敢えて強い口調で要求する。
「事実ですからね! 今後は皆にもそう言ってくださいね」
王太子とラカーシュは従順な様子で頷いた。
「ああ」
「そうしよう」
片手を胸に当て、真摯な様子で答えた2人は、先ほどまでと異なりとても明るい表情をしていた。
そのため、彼らの姿を見た私も嬉しくなる。
嬉しい気持ちというのは伝播するようで、その後、長老と子どもたちを含めた全員でたわいもない話を交わしたのだけれど、皆が楽しそうな表情を浮かべていた。
残念ながら、話の内容は聖山でいかに私が勇敢だったか、その結果、いかにして村人を救ったかという話に終始したため、ものすごく恥ずかしかったのだけれど。
それでも、朗らかに笑うエルネスト王太子やラカーシュ、長老や子どもたちに囲まれて、私は楽しい時間を過ごしたのだった。







