251 白百合領再訪問 2
転移した先は、白百合領にあるお城の一室だった。
先日、聖山へ転移した際に使用した部屋に再び戻ってきたようだ。
王太子とラカーシュに促されるまま馬車に乗り込み、ルナル村に向かう。
赤く変色した野菜、子どもたちの腕に表れていた『紅斑』、と気になることは多々あったものの、聖獣が再生したのを見届けた後、慌ただしくこの地を去ったままになっていた。
王太子からその後の経過は順調だと聞いてはいたけれど、ずっと気になっていたので、訪問の機会が与えられたことに感謝する。
そわそわとしているうちに、馬車がルナル村に到着した。
馬車が止まると同時に、あっという間に村人たちに囲まれる。その中には、先日出迎えてくれた村長も交じっていた。
皆の期待するような視線が集まる中、先に降りたラカーシュに手を引かれて馬車を下りると、人々ははっとした様子で私を見つめる。
「ルチアーナ様!」
「お越しをお待ちしていました!」
えっ、どうして私の名前を知っているのかしら、とびっくりしていると、得意気な顔の子どもが2人、飛び出てきた。
「僕が教えたんだよ!」
「違うわ! 私が教えたのよ!」
それは長老のお家で会った5歳くらいの子どもたちだった。
まあ、わざわざ出迎えてくれたのね、と嬉しくなって手を伸ばすと、女の子を抱き上げる。
すると、少女は嬉しそうに手を叩いた。
「わあ、すっごく高いわ! うふふ、ルチアーナがまた来てくれるのを待っていたのよ」
冬真っ盛りだから厚手の服を重ね着しているものの、遊ぶときに邪魔なのか袖をまくり上げている。
思わず視線をやると、少女の腕には『紅斑』が表れていた。
ぐっと唇を噛み締めたけれど、よく見ると、前回見た時よりも随分薄く、数も少なくなっていたため、ほっと胸を撫で下ろす。
この村の最大の問題は、風土病が広まりつつあったことだ。
人々の体に表れる『紅斑』は病にかかった印で、数年かけて全身に広がっていく。
初めは体の節々が痛むだけだけれど、病気が進行していくにつれどんどん体を動かせなくなり、最後には寝たきりの状態になってしまうのだ。
恐らく、最も症状が表れているのは小さな子どものはずだから、どうなったのかしらと心配していたけれど、どうやら改善されつつあるようだ。
少女を地面に下ろし、代わりに少年に視線をやると、こちらの腕に表れている『紅斑』も前回見た時より随分よくなっていた。
「腕の赤い模様がなくなってきたわね」
笑顔で話しかけると、男の子はつまらなそうに口を尖らせた。
「そうなんだよ。せっかくカッコよかったのに」
その言葉に目を丸くしたけれど、次の瞬間には笑いが零れる。
「ふふふ、そうね。せっかくカッコよかったのにね」
視線を感じて顔を上げると、エルネスト王太子が驚いたように目を見開いていた。
そのため、あら、王太子は子どもたちの『紅斑』が改善されたことを知らなかったのかしらと首を傾げる。
「エルネスト様、もしかして子どもたちの『紅斑』が改善されたことを知らなかったんですか? ふふふ、この調子ならば、もう間もなく消えると思いますよ。よかったですね」
王太子は喜ぶかと思ったのに、動揺した様子で首を横に振った。
「いや、そのことはもちろん知っていた。そうではなく……君は炎に飛び込み、髪を短くしてまで人々の生活を守ったのだ。にもかかわらず、君の尽力の結果を歓迎しないような言葉を聞かされたのだから、怒り出すかと思ったのに笑うから驚いたのだ」
まあ、王太子の中で私はどんな怒りんぼキャラなのかしら。
「子どもの可愛らしい言葉を聞いて、怒り出したりはしませんよ」
「そうだな。ルチアーナ嬢は優しいな」
王太子はそう言うと、なぜか隣にいたラカーシュに寄り掛かった。
「ラカーシュ、ルチアーナ嬢があまりに素晴らし過ぎて胸が痛い。彼女を知れば知るほど、私は深い沼にはまっていく気分だ」
「エルネスト、お前はまだ沼の深さを分かっていない。そこはお前が思っているより、何倍も深いぞ」
2人はぼそぼそと小声で話をしていたのでよく聞き取れなかったけれど、漏れ聞こえる単語から沼談義をしていることだけは把握できた。
そのため、まあ、2人とも渋い趣味ねと思いながら、密着している2人をじっと見つめる。
本当にこの2人は相思相愛よね。
私に告白したことは夢だったのかしらと思うほど、隙あらば2人でいちゃついているわ。
もちろんイケメン同士でいちゃついてもらうのは眼福だから、一切苦情を言うつもりはないのだけど。
そう考えながら、子どもたちと手をつなぐ。
もう一度王太子に視線をやると、手に持った籠を村長に手渡していた。
「皆に土産だ」
王太子が差し出した籠に見覚えがあるような気がして、じっと見つめていると、村人の一人が嬉しそうな声を上げる。
「私が編んだ籠だわ!」
その言葉を聞いて、前回この村を訪問した際、エルネスト王太子が村の女性から手作りの籠を贈られたことを思い出した。
まあ、王太子はちゃんとそのことを覚えていて、同じ籠を持ってきたのだわ。
「王宮料理人が作ったパンだから美味しいはずだ。皆で食べてくれ。ただし、籠は私のものだから返してくれよ」
王太子の言葉を聞いて、籠の送り主は感激した表情を浮かべている。
本当にエルネスト王太子は素敵な王子様よね。
そう思いながら、私は子どもたちと並んで歩く。
私たちの後を王太子とラカーシュが付いてきたため、子どもたちに案内されるまま、村の畑を見て回った。
どの畑も前回と異なり、植えたばかりのような丈の低い作物ばかりが栽培されている。
そのため、話を聞くと、赤色に変色した作物は全て根元から引き抜き廃棄したらしい。
代わりに、どの畑でも新しい苗を植え、一から育て始めたとのことだった。
そうなのねと頷いていると、後ろを歩く王太子が詳細な情報を補足してくれる。
「畑のものも含め、村人たちが使用する水は全て外部地域から引いてきたものだ。だから、再び作物が赤く変色することはないだろう。しかし、この村の者たちにとって、この地の水を使うことが一番いいことに変わりはない。安心してくれ。近いうちに再び、この地の湧水を使えるようになるはずだ」
「そうなんですか?」
びっくりして聞き返すと、力強く頷かれた。
「ああ。ルチアーナ嬢の推測では、聖獣が聖山の炎を食べ過ぎたせいで、聖なる炎の浄化力が不十分となり、湧水の力が落ちてしまったとのことだった。しかし、聖獣が炎を食べるのを止めたから、目に見えて減っていた聖山のマグマの量も戻ってきたのだ」
そう言えば、聖獣は再生して雛になったから、ここ最近はずっと王宮で暮らしているとのことだった。
だから、王太子の言う通り聖山の炎を食べることはなく、山も水も力を取り戻しつつあるということらしい。
「全て上手くいったんですね!」
嬉しくなって笑みを浮かべると、通りすがりの村人から声を掛けられる。
「はい、全てはルチアーナ様のおかげです! 今日は来てくださってありがとうございます」
「ルチアーナ様のおかげで、新たな作物も順調に育っています! 本当に感謝しております」
まあ、この地の領主一族たる王太子ならまだしも、どうして私にお礼を言うのかしらと不思議に思う。
先ほど馬車から下りた時も私に歓迎の声を掛けてくれたし、どうなっているのかしらと首を傾げると、後ろから王太子の声が響いた。
「何も不思議なことはない。ルチアーナ嬢はこの村の恩人だと皆が理解し、感謝しているだけだ」
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