247 王宮昼餐会 7
「……すまない。どういう手違いか、食事中の話題としては不適切なものを選んでしまったようだ」
その場に流れたしんとした沈黙の中、王太子は顔を青ざめさせながら立ち上がると、お断りを入れてきた。
突然の助け船とも思える言葉に、はっとして王太子を見つめる。
そう言えば、王太子は私が『世界樹の魔法使い』であること以外は全て王に話したと言っていた。
逆に言うと、私が魔法使いであることは王に隠し通してくれたようだけど、王太子はきっと、私が王国古語の教科書を読むことができたのは、魔法使いの能力によるものだと思っているのだろう。
そのため、私が魔法使いだと断定されないよう、話題を変えようとしてくれているのだ。
ありがたいわね、私も彼を援護射撃すべく何か気の利いたことを言わないと……、と思ったけれど、こんな時に限って何も浮かばない。
どうしようと頭の中がぐるぐる空回りしていると、なぜだかラカーシュが膝にかけていたナプキンを手に取り、テーブルの上に乱暴に置いた。
「その通りだ、エルネスト。あまりに不適切な話題だったため、私は食欲がなくなった」
えっ、さすがにそれは言いがかりじゃないかしら。
と思ったけれど、ラカーシュは立ち上がると、私の手を取って同じように立たせようとしてきた。
その時になってやっと、ラカーシュが私を国王夫妻の前から連れ出そうとしてくれていることに気付く。
鈍い私とは違って、王太子はとっくにラカーシュの真意に気付いていたようで、安心したように彼に微笑んだ。
「はは、ラカーシュ、それは悪かったな」
王太子は両親に顔を向けると、詫びるように軽く頭を下げた。
「父上、母上、申し訳ありません。食事の途中ですが、ここで退席させてください。『彫像』と言われるラカーシュが食欲をなくすほど、私が不適切な話題を選んだようです。そうであれば、繊細な侯爵令嬢であるルチアーナ嬢が、これ以上食事を続けることは難しいでしょう」
いやいや、私の前世は庶民だし、実のところ王太子から『今日のランチは、期待してもらっていいはずだ。素材から厳選してあるからね』と言われた時からずっと、王宮のデザートを食べることを楽しみにしていた。
いたのだけれど、さすがに私だって、この場に残り続けることが悪手だということくらいは分かる。
そのため、私はデザートへの未練をすっぱり投げ捨てると、ラカーシュに促されるまま立ち上がった。
それから、『王宮デザートを食べる機会はまた巡ってくるはずよ!』と強く自分に言い聞かせ、テーブルの上の料理から視線を外す。
すると、王は何かを理解した様子で頷き、口の中でもごもごとつぶやいた。
「ああ、そうか……うん……」
「ええ、つまり……そうね……」
同じく王妃も、もごもごと言いながら頷く。
王も王妃も非常に聡明なので、事柄の重大さは理解しているはずだけど、王太子の言葉もあって、この場で私を追及すべきではないと判断したのかもしれない。
王太子はわざとらしく壁の一角を占める大きな時計に視線をやると、慌てたような声を上げた。
「ああ、思ったよりも時間が経ってしまいました。今日は午後から白百合領を訪問する予定にしていたのです。ルナル村の村長に事前に訪問時刻を伝えていたから急がないと」
国王と王妃は理解を示すように大きく頷いた。
「それは大変だな! 皆を待たせないよう急いだ方がいいぞ」
「ええ、お相手をお待たせするものではないわ」
自分たちとの食事を中座しようとしている私たちに対して、『国民くらい待たせておけ』と決して言わないのが、国王夫妻のご立派なところよね。
至尊の座に就きながら、決して驕ることはないのだもの。
そう感心していると、王は茶目っ気を覗かせるかのようにワイン入りのグラスを高く掲げた。
「先ほども言ったように、私はこのところ水しか飲んでいなかったからね。君たちが途中退席したとしても、4人分くらいなら軽く食べられそうだ。この後サーブされる料理については、私が責任をもって食べ尽くすから、心配しなくていい。今や私には聖獣だっているから、もしかしたら聖獣が食べるのを手伝ってくれるかもしれないし」
そう言うと、王は皿からチーズを摘まみ、テーブルの上にちょこんと座っている聖獣に差し出していたけれど、……残念ながら、ぷいっと顔を背けられていた。
けれど、聖獣に冷たくされたというのに、王は嬉しそうに笑っている。
その姿を見て、王様はこんなにお茶目な方だったかしら、それとも、王様は途中退席する私たちに気を遣わせないよう、敢えて陽気に振る舞っているのかしらと考える。
自問した答えは分からなかったけれど、私たちは国王夫婦に中座する失礼を詫びると、昼餐室を後にしたのだった。







