243 王宮昼餐会 3
「ふふふ、ふふ、ふふ、ははははは」
笑いが止まらない様子の王を前に、どう対応していいか分からず、私は見ない振りをしようと目を伏せた。
一方、私の両側に座るエルネスト王太子とラカーシュは、困惑した様子でどうしたものかといった表情を浮かべる。
けれど、王は2人の物言いたげな視線に気付く様子もなく、声を上げて笑い続けていたので、王太子とラカーシュはちらりと王妃を見つめた。
救いを求められた王妃は、王に厳しい視線を送ったけれど、やはり王はにこにこと笑い続けていただけだったので……無理よとばかりに、無言で首を横に振ったのだった。
―――聖獣継承の儀が無事に終了した後、私は予定通り国王一家及びラカーシュと昼食を取っていた。
元々の打ち合わせでは、王太子と私が廊下を歩いているところに国王夫妻とラカーシュが居合わせ、昼食を一緒に取ってはどうかと誘われる予定だったけれど、なぜか国王が定められた通りの動きをしなかった。
今思えば、儀式が終わったあたりから、王は普段と異なる行動を取っていたような気がする。
なぜなら王は自分の肩に乗った聖獣が可愛くて堪らないといった様子で、ずっと聖獣を撫で続けていたからだ。
「父上、儀式は終了したのですから、誰かに見られる前に儀式用の服を脱いでください!」
王太子が3回繰り返してやっと、王は聖獣を撫でるのを中断して服を着替えたくらいだ。
その後、一旦王と別れ、予定された時刻に予定された場所に行ったのだけれど、現れたのは王妃とラカーシュの2人だけだった。
王妃は儀式に出掛けていった王がまだ戻ってきていないと、心配そうに告げたのだ。
そのため、驚いて4人で探しに行くと、王は先ほど私たちと別れた場所に一人で立っており、にこにこしながら胸元に入れた聖獣を撫でていた……。
そして、現在。
「父上! そろそろ正気にもどってもらってもよろしいですか?」
エルネスト王太子は頃合いだと思ったようで、食卓を眺めてにこにこしている王に鋭い声を掛けた。
すると、王はまるで夢から醒めたかのようにぱちぱちと瞬きをし、王太子を見つめる。
「えっ、あっ、ああ! 聖獣を連れて、いつ聖山に登るかという話だったな?」
「そんな話は一切していません! そうではなく、今は昼餐の最中ですよ。聖獣ばかりに集中するのは止めてもらえますか」
「はっ、そうだったな!」
先ほど、廊下で一人立ち尽くしていた王を回収し、昼餐室に連れてきたのはいいけれど、王は席に着くやいなや、懐に入れていた聖獣を食卓テーブルの上に座らせた。
それから、ありったけのご馳走を聖獣の周りに並べるよう指示を出した。
もちろん私たちの料理は別に準備されていて、一皿ずつ運ばれてくるのだけれど、王は自分の前に置かれる料理には視線もくれなかった。
王は一切食事を取ることなく、ずっとテーブルの上の聖獣をにこにこして見つめていたのだ。
「父上、聖獣の食事は炎です。私たちと同じような料理を食べるわけではありません!」
王太子が呆れたように説明しても、王は残念そうな表情を浮かべながらも、「食べてみると、炎以外も口に合うかもしれないぞ。食べてみるか?」と一心に聖獣に話しかけていた。
本当に、王は呆れるほどに聖獣に夢中だったのだ。
けれど、そんな王も、王太子に注意されたことで正気を取り戻したようで、申し訳なさそうに私を見てきた。
「ルチアーナ嬢、私が頼んで一緒に取ってもらった昼餐だというのに、聖獣ばかりにかまけていて、大変失礼した。何というのかその……年甲斐もなく浮かれていたようだ」
正直な心情を口にする王を見て、本当に誠実よねと思いながら首を横に振る。
「いえ、お気になさらないでください。浮かれていると言われた陛下のお気持ちは、分かるような気がしますわ」
何と言っても、これまで2度も失敗していて、もう決して挑戦することすらできないだろうと思われていた継承の儀が成功したのだ。
王が人生の目標にしてきたと言っていた事柄がやっと成功したのだから、浮かれもするだろう。
私の言葉を聞いた王は、嬉しそうな笑い声を上げた。
「ははは、そうだよな! 今日浮かれなくて、いつ浮かれるというのだ! よし、エルネストが即位した時用にと、城の地下室で眠らせておいたとっておきのワインを開けることにしよう。ルチアーナ嬢、君はワインがイケる口か?」
昼間からお酒を飲んで、王は大丈夫なのかしらと心配になったので、さり気なく尋ねてみる。
「ええと、お酒は飲んだことがないのでイケる口かどうかは分かりません。ところで、その、陛下はお忙しいと思うのですが、お酒を飲まれても午後からの公務は大丈夫ですか?」
国王というのはものすごく忙しく、毎日のスケジュールはぎっしり詰まっているはずだ。
というよりも、王のスケジュールは何か月も前から埋まっているはずだけれど、今日の儀式は直前になって組み込まれたのだ。
王は相当無理をしたのじゃないだろうか。
少なくとも、この後はぎっしりスケジュールが詰まっているはずよねと心配になって王を見ると、なぜか朗らかに笑われた。
「ははは、私のことを心配してくれるのか? ルチアーナ嬢は優しいな! 実のところ、君が儀式を手伝ってくれると聞いてから、どうにも興奮してしまってね。成功するにしろ、失敗するにしろ、今日の私が使い物にならないことは分かっていたから、あらかじめ今日のスケジュールは全てキャンセルしていたんだよ」
「はい?」
びっくりして思わず間が抜けた声を上げたけれど、王は気付かない様子で自分の話を続ける。
「今思えば、私は先見の明があった! おかげで、今日は一日中、聖獣と契約できた幸福に浸ることができるし、聖獣と触れ合うことができるからね」
王の満足した様子を見て、まあ、王はどれだけ今日の儀式を楽しみにしていたのかしらとおかしくなる。
一か八かだったけれど、儀式が成功してよかったわ。
「おっ、美味いな!」
興奮が収まったことでお腹が空いてきたのか、王はカトラリーを手に取ると、目の前に山と並べられた料理を食べ始めた。
「ははは、ここ数日、聖山の水しか飲んでいなかったから、何を食べても美味しく感じるな! そして、ワインがきたようだ。ルチアーナ嬢、ぜひ……」
王が給仕係に指示を出したところで、ラカーシュが私のワイングラスの上に手をかざした。
「ルチアーナ嬢はこれまでアルコールを摂取したことがないようですので、今日は止めておいたほうがいいでしょう」
わあ、さすがラカーシュだわ。
私ごときが王の言葉にノーと言えるはずもないから、何を言われても受け入れるしかないと思っていたけど、私の代わりに断ってくれたわよ。
エルネスト王太子の即位式用にとっておいたワインだなんて、ものすごく飲んでみたいけど、私はサフィアお兄様からお酒を飲むなと、常々厳命されているのよね。
理由を聞いたことはなかったけれど、家系的にアルコールに弱いのかしら?
でも、両親も兄もお酒をがぶがぶと飲んでいたような……と記憶を辿っていると、王の咎めるような声が響いた。
「ラカーシュ、硬いことを言うな! これはとっておきのワインで、飲んだら頬が落ちるほどの究極……い、いや、思い出した! もちろん、飲ませない! 飲ませないに決まっているじゃないか!!」
「どうしたのですか?」
王が前言を撤回した様子を見て、ラカーシュが訝し気な声を上げる。
一方、王は慌てた様子で、私からワインの瓶を遠ざけるよう給仕係に指示を出した。
「ずっと以前のことだが、ダイアンサス侯爵から注意事項一覧をもらっていたのを思い出したのだ! その中には、『娘にアルコールを飲ませない』というのがあった。ふう、何年も前のことだから忘れていたよ。危機一髪だな!」
お父様ったら、至尊の王に対して一体何をしているのかしら。
父の非常識な行動に顔をしかめていると、同じように顔をしかめたエルネスト王太子が私の手首を指差した。
「この親にしてこの子ありですね。ルチアーナ嬢の左手首を見てください。彼女が一人で王宮を訪れることを心配したサフィア殿が、『お守り』としてブレスレットを渡したそうです」
王太子の言葉を聞いた国王夫妻とラカーシュが、私の左手首を見てきたため、私はちょっとだけ腕を持ち上げてみせる。
「この年になってお守りだなんて、子どもっぽいですよね。兄は私のことを小さな子どもだと思っているのかもしれません」
恥ずかしくなって小さな声で説明すると、王は唸るような声を出した。
「……いや、小さな子どもだと思っているのなら、そんなお守りは渡さないだろう。なるほど、血は争えないというか、蛙の子は蛙というか、家系的にとんでもなく過保護な一族のようだな」
続けて、王妃とラカーシュも目を細めてブレスレットを見つめると、驚いたような声を上げる。
「ええ、ダイアンサス侯爵家の男性はものすごく心配性なのね」
「そのアクセサリはサフィア殿が作ったのか? ……確かにとんでもないな」
最後のラカーシュの質問に、私は笑いながら首を振った。
「いえ、兄にはブレスレットを作る技術などありませんよ。露店かどこかで買ったんじゃないんですかね」
「そのブレスレットを露店で買った? いや、その石はとてもそこらに売っているような……」
「えっ、その石には見て分かるほどに強力な魔術が……」
王と王妃は何かを言いかけたけれど、なぜか途中で言葉を止める。
2人の声が被ったので、何を言おうとしたのか分からなかったけれど、途中で止めるくらいだから大した話ではないわよね、と笑みを浮かべて皆を見つめる。
すると、4人は諦めたようなため息をつき、しみじみとした声を出した。
「「「……ルチアーナ嬢は大物だな!」」」
「えっ?」
どういうことかしらと驚いていると、王太子が疲れたように一言付け足した。
「そして、ダイアンサス侯爵家の男性陣は苦労するな」
「あれは元々そういう家系だ。ダイアンサス侯爵は非常に優秀なうえ、あの見た目だから、国中の女性が彼に恋していた。どんな女性でも選び放題だったというのに、トラブルメーカーだった夫人を選んだのだ。そして、嬉々として夫人のトラブルを解決していたから、苦労するのが好きなタイプなのだろう」
王の言葉を聞いた王妃、王太子、ラカーシュの3人はなぜか私を見つめてきた。
それから、納得したように頷いたのだった。







