241 王宮昼餐会 2
「ルチアーナ嬢、よく来てくれたね」
王宮の入り口で出迎えてくれた人物を見て、私はあんぐりと口を開けた。
侯爵家の馬車は宮殿前で私を下ろしてくれたのだけど、そこではエルネスト王太子が待っていたからだ。
「え、何をやっているんですか? ここは王宮使用人に私を案内させる場面ですよね?」
「私が案内したからと言って悪いことはあるまい。私は王宮に詳しいから、迷うことはない」
いえ、そういう話ではないわよね。
どんなに暇だとしても、どんなに王宮内の案内が得意だとしても、王太子は立場上、一貴族の出迎えなどやってはいけないのだ。
加えて、ここは気安さがのこるリリウム魔術学園ではなく、国王が国の頂点であることを知らしめるために存在する王宮なのだ。
王太子の行動としては間違っているだろう。
なんてことは、ご立派な王太子殿下は百も承知だろう。だから、分かったうえでやっているのだ。
「君はそう言うが、時間さえ合えば、ラカーシュが来た時だって迎えに出るのだ。同じことだ」
ラカーシュは誰もが認める王太子の特別だ。
身分・能力ともにずば抜けていて、将来王太子の側近になることは誰だって分かっている。
そんな相手をたとえに出されて納得できる者は、よっぽど自分に自信がある者だけだろう。
まあ、いいわ。今さら王太子を追い返すわけにもいかないし、彼が出迎えてくれたのは、今日の儀式を大切に思っていることの表れだと思うことにしよう。
そう考える私に向かって、王太子は言いにくそうに口を開いた。
「実のところ、実際に君が王宮に来てくれるのか心配だった。だから、一番よく見える場所で君を待っていたのだ。そうしたら、ダイアンサス侯爵家の馬車が見えたから、いてもたってもいられなくなって駆けつけてしまった」
王太子ったら、子どものようなことを言うわね。
「今日のことは私が言い出したんですよ。もちろん王宮をご訪問するに決まっています」
きっぱりと言い切ると、王太子は躊躇う様子で返事をする。
「君の意志はそうでも、……サフィア殿は異なる考えを持っているかもしれないと思ったのだ」
「……ああ」
王太子の心配の理由が分かったため、私はイエスともノーとも取れる返事をした。
そんな私を見て何と思ったのか、王太子は説明を続ける。
「サフィア殿はまだ私を許していないから、君が私と会うことを快く思わないはずだ。ましてや元は私が発した炎とはいえ、不死鳥は君を火だるまにしたのだから、聖獣とともに儀式を行うことをサフィア殿が許すはずがないと思ったのだ」
「ああ……」
王太子の推測は当たっている。
先ほど、兄が侯爵邸の玄関まで見送ってくれたのだけれど、兄は最後まで私を送り出してもいいものかと迷う様子を見せていたのだから。
しかし、最後には「あまり干渉してばかりでは、お前のためにならないな」と引いてくれたのだ。
その時のことを思い出しながら、私は左腕を差し出してみせる。
「実のところ、お兄様は心配していましたけど、最後にはこのお守りをくれて引いてくれたんです。『私の代わりにそのブレスレットがお前を守ると考えて、私はおとなしく家にいることにしよう』と言っていました」
お守りを付けるだなんて子どもみたいよね、と思いながら微笑んだけれど、王太子は真顔のまま私の左腕を見つめてきた。
正確には、兄からもらった洒落たブレスレットを。
「……とんでもない魔道具だな。というか、これは私への警告だな」
「え、何ですって?」
「いや、そろそろ移動しようと言った」
「あっ、そうですね」
私は頷くと、王太子に導かれるまま王宮の奥に進んでいった。
王宮には何度も来たことがあるとはいえ、私がこれまで踏み入ったことがある場所は、舞踏会会場とその周辺くらいだ。
そのため、物珍しさに思わずきょろきょろと辺りを見回してしまう。
目に入ってくる物全てが煌びやかで豪華だったため、さすが王宮の造りは全然違うわねと感心していると、王太子がにこやかに私を見てきた。
「気に入ってくれたようで何よりだ。君さえ望むならば、いつだってこの王宮が君の家になるだろう」
きわど過ぎる冗談だ。
母が聞いたら一切冗談だとは思わず本気にしてしまい、大変なことになるに違いない。
それとも、王太子は多少なりとも本気で言ってくれたのだろうか。
王太子が私に告白してくれたことは事実だけど、どれほどの想いが込められていたのかは分からない。
もしかして将来的なことまで想定してくれているのだろうか。
「いや、そんなわけないわよね」
告白されただけで結婚まで想像するなんて、私はどれだけ夢見がちなのかしら。
ぼそりと呟くと、私は王太子をじっと見上げた。
「王太子殿下、そのような言葉を軽々しく言うものではありません。浮ついて見えますよ」
「エルネスト」
私の発言と全く関係ない単語を返されたため、意味が分からずに聞き返す。
「はい?」
「エルネストと呼んでくれ、と言ったはずだが」
先日も同じ要望をされたことを思い出し、もしかして王太子は本気で私から名前で呼ばれたがっているのかしらと驚く。
以前のルチアーナは、四六時中べたべたと王太子にくっつきながら、彼の名前を呼んでいた。
けれど、その際、王太子は明らかに苛立っていたし、隠しきれない嫌悪の気持ちが見えていた。
あの記憶はまだ鮮明に残っているから、名前呼びは躊躇われるわよね。
「……そんなことまで言って、やっぱり浮ついて見えますよ」
もう一度同じ忠告をすると、王太子はなぜだか肯定してきた。
「そうだろうな、君を前にしているのだから、実際に浮ついていて、普段は言えないことを口にしているのは間違いない」
「えっ?」
今日の王太子はどうしたのかしら。
自宅である王宮にいるから気安さが出て、普段よりもフランクな感じになっているのかしら。
「ルチアーナ嬢、他の多くのご令嬢も私のことをエルネストと呼んでいるのだ。大した話ではない。それに、私たちは友人になったのではなかったか? 私は友人からも敬称でしか呼んでもらえないような、取っつきにくい相手だろうか」
「ぐっ、も、もちろんそんなことはありません」
さすが王太子、政治的手腕がすごいと言われるだけあって、攻め方を分かっているわね。
私は問題を先送りしようとしたけれど、王太子が立ち止まったまま、期待するように見つめてきたので、観念してぼそりと呟く。
「エルネスト様…………き、今日のランチは何ですか?」
私の言葉を聞いた王太子は、驚いたように目を丸くしたものの、次の瞬間には噴き出した。
「ふふっ、ルチアーナ嬢、君は本当に面白いな。君に名前を呼んでもらった記念すべき瞬間だったが、まさかランチのメニューを尋ねられるとは思いもしなかった。私の存在はランチ以下ということか。君と一緒にいると、私もまだまだだということを実感するな」
「えっ、そういうことでは」
しまった、今日は素敵なお召し物ですね、とでも続けるべきだったわ。
「今日のランチは、期待してもらっていいはずだ。素材から厳選してあるからね」
「ええっ!」
王宮料理というのは王様が食べるものだから、国で一番美味しい料理のはずだ。
元からそうなのに、素材から厳選されたのであれば、とんでもない物が出されるのじゃないだろうか。
ああー、ルチアーナ、『働かざる者食うべからず』だからね!
すごい料理を食べられるということは、その分すごく働かないといけないということよ。
「ええと、殿下、まずは聖獣の儀式を行うんですよね」
「ああ、そうだ。君がありがたい申し出をしてくれた日から、父は一日千秋の思いで今日の日を待ち焦がれていた。儀式の成功の有無にかかわらず、父が君を救世主のように扱い出したとしても、見逃してくれ」
「……ふふふ」
ダメだわ。どうやら私にはロイヤル仕様の冗談は理解できないようだ。
そのことに気付いた私は曖昧な表情を浮かべると、笑って誤魔化すことにしたのだった。







