240 王宮昼餐会 1
「ルチアーナお嬢様、動かないでください!」
侍女のマリアに怒られた私は、上げていた手を下ろすと鏡に向き直った。
窓越しに庭師見習いのポラリスが見えたので、体ごと向き直って手を振ったのだけれど、そんなことをしている場合ではなかったようだ。
何と言っても、今日は侯爵邸の侍女総出で、私の身支度を整えているところだから、私も美しく装うことに全神経を集中させなければいけないのだ。
というのも、今日は国王が聖獣を従える儀式を行うため、王宮を訪問する日だったからだ。
とは言っても、儀式は秘密裏に行うため、表向きは王太子に昼食を誘われたことになっている。
国王夫妻から昼食に誘われた、というのは一貴族令嬢としてあり得ない話なので、流れとしては王太子と昼食を取ろうとしているところに、たまたま通りかかった国王夫妻が参加するという形を取るようだ。
まどろっこしいわねと思ったものの、これがロイヤル仕様なのだろう。
どうやら王族には一般貴族が知らない作法が色々とあるようだ。
そう思考を飛ばしている間も、侯爵邸中の侍女たちがわらわらと寄ってきて、ああでもないこうでもないと私の髪形やドレスについて意見を交換している。
今日のメインイベントは聖獣の真名を引き継ぐ儀式で、主役は国王であって私ではないから、気合の入ったドレスは必要ないのだけど、侍女たちは私の意見を聞く気がないようだ。
ため息が零れそうな状況の中、唯一感謝したのは、両親が親戚の家に呼ばれていて不在だったことだ。
王宮に呼ばれたことがバレれば、母親は狂喜乱舞するし、父親はぐちぐちと愚痴を言い始め、下手すれば付いてきただろう。
ここ最近で一番の幸運だわ、と胸を撫で下ろしながら、私は侍女たちのされるがままになっていたのだった。
数時間後、鏡に映った姿を見て私は目を丸くする。
「素晴らしいわね! 時間をかければかけた分だけ、人は美しくなるものなのね」
今日はアフタヌーンドレスを着用して王宮に出掛ける予定なのだけれど、鏡に映ったドレスはとっても可愛らしかった。
そもそもアフタヌーンドレスは夜会用のドレスと違って、襟ぐりは浅く袖は長いため、肌があまり露出せず、私にとって安心できる形となっている。
さらに、私の年齢に合わせて、リボンをたくさん使った可愛らしいものに仕立ててあり、色も夜会用のものより明るく染めてあった。
「ふふふ、可愛らしいわ! ありがとう、皆のおかげよ」
大満足で侍女たちにお礼を言うと、当然ですとばかりに返事をされる。
「私たちはもちろん頑張りましたが、お嬢様の資質ですよ!」
「ええ、その通りです! せっかくお嬢様は美しい外見をお持ちなのですから、最大限、その魅力をアピールしなければいけません!!」
「ものすっごくお美しいです! これで王太子殿下がお嬢様に見惚れなかったら、何が原因か分かりませんわ!!」
まずいわね、分からないうちにハードルを上げられているわ。
王太子が私の思い通りに動いてくれたことなんてないから、今回も私に見惚れることはないんじゃないかしら。
これ以上侍女たちが期待しないよう、早々に部屋から退散しようと扉を開けると、廊下で待っていた兄と目が合った。
「ルチアーナ、これはまた美しいな。どうしてお前はそう日一日と美しくなっていくのだ。おかげで、私の心はちっとも休まらないではないか」
兄は寄り掛かっていた壁から背を離すと、いつも通りの気障なセリフを口にしながら私の片手を取り、全身を見下ろしてきた。
「……本当に美しいな。これでは誰もがお前に夢中になり、それがどんな願いであれ、希望を叶えたくなるに違いない」
「えっ、本当ですか? だったら、私はお兄様にお願いがあります!」
兄が口にしたのはいつもの軽い社交辞令だと分かっていたけれど、本気にした振りをして望みを口にする。
「お兄様、私はハープを習いたいです!」
「何だって?」
兄は驚いたように目を見張ったけれど、貴族令嬢の嗜みとしておかしな話ではないはずだ。
ハープは楽器の一種で、湾曲した枠に数十本の弦を張り、その弦を指で弾いて演奏するものだ。
透明感のある美しい音色を紡ぎ出すことができる優雅な楽器で、貴族のご令嬢の趣味としては高尚なものに入るだろう。
だから、兄も反対しないのではないだろうか、と期待して見上げると、兄はおかしそうに唇を震わせた。
「やあ、お前はいつだって突拍子もない発言をするが、今回も例に漏れず面白いことを言い出したな。音楽は貴族令嬢の嗜みだ。そのため、お前が幼い頃に、ピアノ、ヴァイオリンと様々な楽器を学ばせたが、何一つ長続きしなかった。そんなお前に、最終手段だとトライアングルを学ばせたことを覚えているか?」
「う、うっすらと」
ルチアーナの記憶に強く残っていない事柄は、得てして思い出さない方がいいものばかりだ。
そのことは学習済みだったため、嫌な予感を覚えながら答えると、兄はふっと目を細めた。
「では、トライアングルすら難しいと、1回で辞めてしまったことも当然覚えているな? ちなみに、お前がレッスンの間中ずっと、キーン、キーンとトライアングルを鳴らし続けたため、母上はその日一日、頭痛に悩まされた。そんなお前がトライアングルよりも遥かに難しいハープを学ぶだと?」
非常に理路整然と詰め寄られたため、私は笑って誤魔化そうと高い笑い声を上げる。
「ほほほ、お兄様ったら、そんな昔のことを持ち出されても、何の参考にもなりはしませんわ! それよりも私は先日、アレクシス師団長の件で楽器を演奏する機会に恵まれたので、音楽の素晴らしさに目覚めたのです!」
けれど、兄は私の言葉に誤魔化されることなく、半眼になって見つめてきた。
「あれは演奏したと言えるのか?」
兄が仄めかした通り、私は楽器を演奏する機会に恵まれたものの、実際にはギターを手に持ちながら一切弦を弾かなかった。
そもそも私にギターは弾けないので、当然の行いなのだけれど、一旦口に出してしまった以上、何とか押し切るしかない。
そのため、兄の言葉を丸っと聞こえないふりをすると、私は言いたいことを主張した。
「ハープを演奏することは、私の人生においてどうしても必要なことなのです!」
ハープの演奏は隣国の王子であるカール攻略のための必須スキルだ。
『人生においてどうしても必要』という表現は大袈裟ではあるものの、少しくらいオーバーに言わないと兄は取り合ってくれないかもしれない。
そう考え、真剣であることを示そうと真顔で見上げると、兄は考えるかのように首を傾げた。
「ふうむ、お前が何かを企んでいることは分かった。いいだろう、お前の企みが上手くいくことを祈っておこう」
そう言うと、兄はハープの教師を手配してくれることを約束してくれたのだった。
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