239 危険なお茶会 3
一体どんな回答ならお気に召すのかしら、と思いながら2人をじろりと見ると、王太子は疲れ切った様子でもう一度ため息をついた。
「ルチアーナ嬢、私は王太子の立場にある。いつ毒の危険に冒されるか分からないから、毒の有無を調べられるように常時魔道具を携帯している。この銀の懐中時計がそれで、毒を検知すると変色するようになっているのだ」
「えっ、そうなんですね!」
普通のお洒落な懐中時計に見えたけれど、高価な魔道具だったのね。
驚いてまじまじと懐中時計を見つめていると、ラカーシュが王太子の隣で頷く。
「私の銀の指輪も同様の効果がある」
「そ、そうなんですね」
さすが王族と高位貴族の2人だ。
高価な魔道具を普段使いしているなんて、とんでもないお金持ちだわ。
驚いて目を見開いていると、2人は言いたいことはそうじゃないとばかりに顔をしかめた後、このテーブルの外に声が漏れないよう小声で尋ねてきた。
「言うまでもないことだが、私たちの魔道具が変色したということは、先ほどの紅茶に毒が含まれていたということだ。ルチアーナ嬢、なぜ君はそのことを知っていたのだ?」
なるほど、王太子とラカーシュは私がティーポットとカップを割った瞬間、毒が含まれている可能性にいち早く気付いたのね。
そして、同じようにカールも気付いたから、先ほどのようなセリフが出てきたのだわ。
それにしても困ったわね。私が毒に気付いていたと、断定されたわよ。
でも、「この世界の基になっている乙女ゲームをプレイしたからです」なんて答えられるはずもないし、どうしたものかしら。
上手い言い訳を思いつかなかった私は、こうなったらとぼけてしまおうと、驚いた表情を作ると両手で口を押える。
「えええ、もちろん知りませんでしたわ! 私は体調が悪くてよろけてしまっただけです。まさか私が割ってしまったティーカップの中味が、そんな恐ろしいものだったなんて」
舞台女優になったつもりでぷるぷると肩を震わせてみたけれど、王太子とラカーシュは白けた表情で私を見つめてきただけだった。
世間一般では美女と言われる私が、縋るように見つめてみたのに、2人とも全く心を動かされた様子がない。
どうやらこの2人はハニートラップに引っ掛からないタイプのようだ。
「……君の演技レベルはちっとも変わらないな。君がこの件を不問にしたいことは理解した。が、そういうわけにもいくまい」
王太子はぼそりと呟くと、今度はカールに顔を向ける。
「カール殿、説明してもらえるか?」
カールは緊張した様子で王太子を見つめると、片手で額の汗を拭った。
「すまない。オレの確認不足だ。いや、そんな言葉ではとても取り返しがつかないことをしたと、分かっているが……」
カールは言葉を途切れさせると、動揺した様子で視線をさまよわせた。
ぽたりぽたりと彼の額から汗がしたたり落ちたけれど、カールはそれ以上言葉を続けられない様子で口を噤んでしまう。
私にはカールが口を噤んだ理由が分かったため、ぎゅっと唇を噛み締めた。
ゲームのストーリー通りであるならば、この茶葉は母国のきょうだいがカールに送ってきたものだ。
カールは生贄として、きょうだいから馬鹿にされて育ってきており、彼の兄と姉はことあるごとに嫌がらせを繰り返してきた。
今回もその一環として、大事に至らないような嫌がらせレベルの毒入り紅茶を母国から送ってきたのだ。
もちろん、カールのきょうだいはカールに嫌がらせをしたいだけなので、王太子やラカーシュがこの紅茶を飲むことは想定していない。
たまたま紅茶が送られてきたタイミングで、カールが生徒会のお茶会に招待されたため、彼はまさか毒入りの紅茶とは思わずに、「ニンファー王国の紅茶だ」と同テーブルの2人に勧めただけなのだ。
カールは賢い分、彼のきょうだいが行ったのは彼に対する嫌がらせで、他の者に害を与える意図がなかったことを理解しているはずだ。
だからこそ、国家間の問題にしてはいけないと口を噤んだのだ。
カールが口を噤んだことで、何か言えない秘密があると考えた王太子とラカーシュが表情を硬くする。
多分、毒の危険に晒されたのが自分一人であれば、どちらもこれほど怒らなかっただろうに、互いに自分の親友が危険に晒されたことに憤りを感じているのだ。
友達想いの2人だから、このままでは怒りが収まらないわよね、と思った私は思わず口を出してしまう。
「実のところ、先ほどの紅茶はカール様のご家族が、カール様宛てに送ってきたものなんです。もちろん、カール様のご家族はカール様以外の方があの紅茶を飲むことを想定していませんでした。カール様はそのことを理解していたため、ご自分の確認が不足していたとだけ述べるに留めたのです」
私の言葉を聞いたカールは驚いた様子で私を見た。
なぜその事実を知っていて、かつ彼の考えを見通したのかと驚愕している様子だ。
ああ、どうか私に「どうして分かったのだ」と尋ねないでちょうだいね。私は答えられないのだから。
カールの驚いた表情と私の困り切った表情を見た王太子とラカーシュは、大きなため息をついた。
「……またか。また君は、新たな男性を誑かそうというのか」
「救いが必要な者とその状況を把握することが、君の……としての能力なのか?」
よほど重要な話なのか、2人は声を落としてぼそぼそと呟いたため、肝心な部分は全く聞き取ることができなかった。
何を言ったのかしら、と気にはなったものの、だいたいにおいてこういう場合は、聞き返してもいい答えが返ってこないことを知っていたため、聞き返さずに口を閉じる。
すると、王太子は表情を変えないままカールに話しかけた。
「悪く思わないでほしいのだが、この国の王太子という立場上、君がニンファー王国でどのような立場にあるのかは把握している。その情報と照らし合わせて勘案すると、ルチアーナ嬢の説明は私にとって納得がいくものだ」
恐らく、王太子が仄めかしているのは、カールが王の養子であり、王の実子たちと折り合いが悪いことを知っている、ということだろう。
「だから、今回の事案は君が意図したものではないということを受け入れる。未然に防がれたことだし、何も問題は発生しなかった。それから、私の態度が一部無礼だったとしたら謝罪する」
同じようにラカーシュもカールをまっすぐ見つめると謝罪した。
「私も同じ気持ちだ。途中、全てが判明しない段階で、君を疑ったことを許してくれ。よければ今後も私を避けることなく、付き合ってもらえるとありがたい」
それはカールにとって、思いもかけない言葉だったに違いない。
彼が毒入りの茶葉を持ち込み、2人に飲ませようとしたことは事実だ。
そのため、国家間の問題にならないにしても、厳しく糾弾され、この学園での立場はなくなるものだと覚悟していたはずだ。
それなのに、被害者である王太子とラカーシュ側が謝罪し、今後も変わらず付き合ってほしいと言われたのだから、カールにとっては青天の霹靂だろう。
カールは動揺した様子ながら、2人に向かって深く頭を下げた。
「オレの方こそ、大変申し訳なかった。それなのに、オレの立場を慮ってくれ、今後も付き合うと言ってくれて感謝する。ありがとう」
カールは顔を上げると、今度は私に向き直った。
「君にも心から感謝する、……ルチアーナ嬢」
それは、カールが初めて私の名前を呼んだ瞬間だった。
そのため、私は嬉しくなってふっと微笑んだのだった。
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