237 危険なお茶会 1
その日、学園の生徒たちは朝からそわそわしていた。
どうしたのかしらと思っていると、帰り際になってクラスメイトの女子生徒からその理由を教えてもらう。
「今日は月に一度のお茶会の日ですわ」
ああ、そうだった。
この学園では月に一度、生徒会主催のお茶会が行われるのだ。
「人事交流」を目的に、ランダムに10名の生徒がお茶会に招待され、生徒会役員の5名とともにお茶を楽しむ。
私は入学早々にそのお茶会に招待され、王太子を相手に散々やらかしたので、それ以降は二度と呼ばれることがなかったけれど、そもそも同じ生徒が2度招待されることは滅多になかったはずだ。
だから、私には関係ない話よね、と思いながら帰り支度をすると夏の庭に向かった。
最近の私は、放課後に「睡蓮の池」を訪れることが日課になっていた。
そして、池の側に座ってぼんやりとカールを眺めて過ごすのだ。
カールは私に気付いているのかいないのか、いつだって微動だにせず顎まで泉に浸っている。
私も彼を邪魔するつもりはないので、しばらくカールを眺めた後は本を取り出して読み始める、というのがいつものパターンになっていた。
けれど、今日は「睡蓮の池」にカールがいなかった。
ここ数日では初めてのことだったため、どうしたのかしらと気になりながらも寮に戻ることにする。
夏の庭を抜け、春の庭に入ったところで、楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
何かしらと思って視線をやると、パラソル付きのテーブルが並べられ、15人ほどの生徒がお茶会を楽しんでいるところだった。
「あっ、もしかして生徒会主催のお茶会が、『春の庭』で行われているのかしら?」
そうだった。お茶会は基本的に『四季の庭』で行われるのだ。
急いで通り過ぎようとしたところ、ピンク色の長い髪が目に入る。
「えっ?」
ピンクの長髪はカールくらいしかいないはずだけど……と視線をやると、正にそのカールがお茶会のテーブルに付いていた。
驚いて目を見張ると、カールは王太子とラカーシュとともに同じテーブルを囲み、話をしている。
まあ、今日はカールも招待されていたのね。
元気そうでよかったわ、と思ったところで私ははっとして立ち止まる。
ゲームの記憶が頭の中を横切ったからだ。
……待って、待ってちょうだい。思い出したわ。
今日のお茶会で、カールが提供したお茶に毒が混じっているんじゃなかったかしら。
私は必死でこの世界の基になった乙女ゲームの内容を思い出そうとする。
ゲームがスタートするのは、主人公が入学してからだから、今のこの時期はまだゲームがスタートしていないのだけど、回想シーンで出てきたわ。
―――ゲームの中のカールは闇落ちキャラだ。
ゲームのスタート時に、カールは多くの不幸と裏切りを体験済みだったため、既に悪人的な言動を取るようになっていたのだ。
いずれ生贄になる運命であることも相まって自暴自棄になっており、皆から悪く見られることに抵抗を示すこともなくなっていた。
昔はいい人だったのかもしれないなー、と思わせるキャラながら、口に出す言葉は偽悪的なものばかりだったため、生徒たちの誤解は拡大する一方で、白い目で見られていたのだ。
そんな闇落ちキャラの原因を作ったのが、「危険なお茶会事件」だ。
カールが付いたテーブルには、彼が持参した茶葉が使用されたのだけど、その茶葉に毒が含まれており、同席していた王太子、ラカーシュの2人が口にして倒れたのだ。
毒は深刻なものではなかったため、大事にはいたらなかったものの、世継ぎの君と筆頭公爵家の嫡子が揃って倒れたというのは大変な出来事だった。
王太子とラカーシュの計らいもあって、毒紅茶事件は「不幸な事故」として片付けられ、カールが咎められることも、2国間が緊張関係に陥ることもなかったけれど、生徒たちの心情までは抑えられなかった。
元々、学園の二大人気を誇っていた2人だったため、いくら2人が不問に付すと公言しても、生徒たちは許す気持ちになれなかったのだ。
カールが外国人ということも相まって、我が国に害をなす凶悪な人物に認定され、お茶会以降は誰もが彼をすげなく扱い、目の前で悪口を言い、馬鹿にして蔑むようになった。
そのため、カールは心を蝕まれてしまい、ゲームがスタートした時には立派な闇落ちキャラになっていたのだ。
ゲームスタート時からカールは闇落ちキャラとして登場したため、ゲームをプレイしていた時は、こんなキャラなのねと思っただけだったけれど、今のカールは晴れ晴れとしていて明らかに顔付きが違う。
その原因になった諸悪の根源が、本日行われているお茶会だったとは……。
「私ったら、どうしてカールが闇落ちキャラだということを忘れていたのかしら?」
ゲームの中のカールと今のカールの印象が違い過ぎるから、この2人が結びつかなくて、思い出さなかったのかもしれない。
それにしても、どうすればいいのかしらとカールのテーブルに目をやると、カール本人がティーポットを手に持ち、王太子のカップに紅茶を注いでいるところだった。
どうやらカールが紅茶のサーブ役らしい。
次に、カールはラカーシュのカップに紅茶を注ぎ始める。
もう一刻の猶予もないと思った私は、全速力でカールのテーブルに走っていった。
私に気付いたエルネスト王太子とラカーシュがぎょっとした表情を浮かべたけれど、私の足は止まることなく走り続ける。
それから、テーブルの手前までくると突然立ち止まり、「あああー」とよろける振りをしてカールが持っていたティーポットを手で払いのけた。
ガシャンと派手な音がして、ティーポットが石畳に叩きつけられて割れる。
さらに、ふらふらとよろけた振りをして、ラカーシュが手に持っていたカップを払いのけると、これまた足元に落ちてガシャンと割れ、中の紅茶が飛び散った。
既に後には引けなくなった私は、明らかに不自然だわと思いながらも、くるりと回って王太子が手に持っていたカップを手で払いのける。
ああ、もうこれは明らかによろめいたとかではないわよね。でも、知らない!
全てをやり終えた私は、テーブルに両手をついて顔を隠すように頭を下げた。
けれど、すぐに周りの状況が気になって、今さらながらどうしようと、そろりと視線だけを上げて周りを見回す。
すると、王太子、ラカーシュ、カールの3人が無言でじっと私を見つめていた。
もちろん、私を見ていたのは3人だけでなく、お茶会に参加している全員が、息を詰めて私を凝視していたのだった。







