234 悪役令嬢のモテ期 3
王太子から目を逸らせずにいると、彼の隣に座っているラカーシュが口を開いた。
「ルチアーナ嬢、私も同じ気持ちだ。私は君の友人でもあるが、できれば君の恋人にしてほしいと思っている。どうか私のことも考えてほしい」
切なそうな表情を浮かべるラカーシュから、光が零れ落ちているように錯覚し、私はぱちぱちと目を瞬かせる。
王太子もそうだけど、ラカーシュも言動の全てがきらきらしているわよね。
改めて考えると、王太子やラカーシュ、ジョシュア師団長といった誰が見てもイケメンで、性格がよくて、ハイスペックな男性から告白されるなんてとんでもないことだわ。
というか、私の人生に二度はないだろうことが、奇跡的に三度起こっているのよね。
私はもっとこの奇跡を大事にすべきじゃないかしら。
お母様は人生においてモテ期は何度もくると言っていたけど、私はやっぱりこれが最初で最後だと思うのよね。
少なくともあと3か月経って、ゲームの主人公が入学してきたら、私の立場はどうなるか分からないわ。
だから、卑怯なようだけど、今のうちにお相手を決めておくべきじゃないかしら。
それとも、主人公の動向をしっかり確認して、彼女が好きになった相手を避けるべきなのかしら。
問題は、私の恋心がいつ育つのかということよね。
それに、私が王太子やラカーシュを好きになればいいけれど、全然違う人を好きになったりしたら、待ってもらった2人に申し訳が立たないわ。
お相手は世継ぎの君と筆頭公爵家の嫡子だ。
いつまでも婚約者を定めないわけにはいかないだろうし、受け入れるかどうかも分からない私を待ってもらうのは、あまりに分不相応な行為ではないだろうか。
そのことに気付いたため、もったいないとは思いながらもお断りを入れる。
「もったいないお申し出ですけど、私はお2方に私の気持ちが育つのを待ってもらうような立場にはありません。情けない話ですが、私はあまり恋愛面が発達していなくて、自分でもいつどんな相手を好きになるのかが分かっていないんです。そんな私の感情を待ってもらうことはできませんわ」
率直に胸の内を明かしてくれた2人に対して、私も正直に思ったことを返したのだけれど、王太子から間髪をいれずに言い返される。
「私はどれだけでも待つよ! こうやって君に振られそうになっただけで、死にそうな気分になっているのだから、待つことくらい何てことはない」
王太子は反射的に私の手を握ってきたけれど、その手は驚くほど冷えていた。
以前、王太子の手に触れた時はほんのり温かかったから、恐らくものすごく緊張しているのだろう。
「私にとって、恋に落ちると言うのは信じられない出来事なのだ。その感情を抱いた瞬間に、気持ちを摘み取ろうとしないでくれ」
頬を赤らめた王太子から懇願され、私は一瞬、自分の置かれた状況が分からなくなる。
あれ? 私はただの出来の悪い悪役令嬢よね。
乙女ゲームで断トツ人気だった、完全無欠の世継ぎの君からこれほどまでに恋焦がれられるなんて、そんなことが許されるものかしら。
先ほど確認したように、王太子はイケメンだし、人柄がいいし、ハイスペックだ。
そんな相手からこれほど想われるような相手では、私はないんだけどな。
目の前の状況を信じられずにいると、今度はラカーシュが言い募ってきた。
「ルチアーナ嬢、それがほんのわずかなものだとしても、希望がある間は君の気持ちを待っていたい。相手が君でなければ私が恋に落ちることはないし、私は好きで待っているのだから、気に掛けてもらう必要はない。まだ始まりもしないうちから終了させるのは止めてくれ。君が私を好きになる可能性だってあるはずだろう?」
「そそそれは、そうですが……」
というか、普通に考えたら、ラカーシュは万人が恋に落ちる相手よね。
逆に私はこんなスーパーイケメンに言い寄られながら、どうして恋に落ちないのか、自分が不思議でならないわ。
私は気持ちを落ち着けると、王太子とラカーシュに向かって頷いた。
「でしたら、私もお2方にお願いがあります。どうか思い込みや贔屓目なしに、私を見てください。お2方が私を好きになってくれた時、恐らく普通ではない状況だったはずです」
はっきりとは分からないけれど、ラカーシュはセリアを救う私を見て、王太子は不死鳥を救い、彼と聖獣との契約を取り持った私を見て、恋に落ちたのではないだろうか。
2人にとってとても大切なものを私が救ったから、彼らは感謝の気持ちが膨れて、それが好意になったのだ。
世の中には吊り橋効果という現象があって、人は不安や恐怖を強く感じる状況下で一緒にいた相手に、恋愛感情を抱きやすくなるものらしい。
最上級の男性であるこの2人が私に恋に落ちたなんてミラクルは、そういった色々な要因がこれでもかと上手く働いた結果、起こったに違いない。
問題は、いつまで恋の魔法がこの2人にかかり続けるかなのよね。
「残念ですが、お2方の感情が一時的に高まっているだけで、しばらくすると恋心が冷める可能性があると思うのです。ですから……」
私は熱心に言い募っていたけれど、王太子とラカーシュの表情を見た途端、言葉が止まる。
なぜなら2人は白けた表情を浮かべていたからだ。
おやおや、『これほどすごい2人に好かれたわ!』と浮かれまくってもいいところを、きちんと分をわきまえて、理路整然と説明を行っているというのに、どうしてこの2人はあからさまに興味のない表情をしているのかしら。
「あの……聞いていますか?」
私は大事な話をしているんですよ、との気持ちを込めて2人の顔を交互に見つめると、王太子は当然だとばかりに頷いた。
「ああ、もちろん聞いている。しかし、驚くほど心に響かないと思ってね」
何ですと?
一方のラカーシュも、王太子に同意する様子で頷く。
「恐らく、君がちっとも私たちの感情を理解せずに話をしているから、あまりに事実と乖離し過ぎていて共感できないのだろうな」
わあ、王太子と一緒にいるからなのか、ラカーシュまでいつになく毒舌だわ。
私を好きだと思ったことは勘違いだった、と2人が言い出した時のために、私は素晴らしいエクスキューズを用意しているのだからもっと感謝すべきなのに、ちっとも分かっていないわよ。
仕方がない、こういうことは後になってみないと分からないものなのかもしれないわね。
「ええと、つまり、今後は特異な状況ではなく、日常の中で付き合っていくことになりますので、その時に『思っていたのとは違ったから、好きではなくなった』とお2方が考えられたとしても仕方がない、と私は言っているんです。も、もちろんお2方が私を好きなままでいる可能性もありますので、お2方の感情がどう動くのかを、今後確認していくのはいかがでしょうか」
実際の私を知った後でも、この2人が同じ熱量でもって私を好きでい続けることは難しいでしょうね、と思っての発言だったけれど、2人があまりに強い眼差しで見つめてきたため、思わず「お2方が私を好きなままでいる可能性もあります」と余計な一言を付け足してしまった。
けれど、どういうわけか、最後の一言を聞いたラカーシュは満足した様子で頷いた。
「私にとって、非常にありがたい申し出だ。私は君に恋する時間を楽しみたいのだから」
えっ、何かすごいことを言われたわよ。
まずい、まずい。今日のラカーシュは普段よりも積極的だわ。
王太子が隣にいることで対抗意識でも燃やしているのか、ラカーシュがおかしくなっているようだ。
「ラカーシュの言う通り、君の答えを待つ時間は、私にとって楽しいものだ。君には分からないかもしれないが、君の姿を見て声を聞くだけで、私は胸躍るのだから」
まずい、まずい。王太子までもが極上の笑みを浮かべて、とんでもないことを言い出してしまった。
というか、待って。極上の男性に告白されたらどれほどときめくものかしら、と夢想したことはあったけれど、どうして私はときめくことなく、追い詰められた気持ちになっているのかしら。
王太子とラカーシュが極上の男性であることは間違いないのに、実際に話をすると、最上級の貴公子というよりも、お腹を空かせた肉食獣のように感じてしまうのだから、私の対男性センサーはぽんこつもいいところだ。
全く自分が信用できなくなった私は、正解が分からなくなったため、2人から言われるがままに頷いたのだった。







