233 悪役令嬢のモテ期 2
放課後になったので、約束通り生徒会室を訪ねると、王太子とラカーシュは先に来て私を待っていた。
2人は私に気付くと素早く椅子から立ち上がり、ソファに案内してくれる。
それから、自分たちは向かい側のソファに座った。
「ルチアーナ嬢、忙しいところ呼び出してすまない。体調は悪くないだろうか?」
エルネスト王太子が心配そうに尋ねてきたので、私は首を傾げる。
「体調ですか? いいですよ」
本当は早起きをした分、すごく眠くなっているのだけれど、そういうことを尋ねられているのではないはずだ。
私の言葉を聞いた王太子は、安堵した様子を見せた。
「よかった。昨夜の私は酷いものだった。聖山で別れて以来、初めて君に会ったと言うのに、君の体調を尋ねることもしなかったのだから。……いくら他のことで頭がいっぱいだったとしても、紳士として恥ずべき行為だ」
うっすらと頬を赤らめた王太子を見て、昨夜、彼から告白されたことを思い出す。
それから、王太子の隣に座っているラカーシュから告白されたことも。
驚くべきことに、目の前に座っている学園人気ナンバー1とナンバー2の2人が、ともに私に告白してくれたのだ。
信じられない出来事よね、と今さらながら気後れする。
というか、王太子が私に告白したことをラカーシュは知っているのだろうかと気になって、ちらりと彼を見上げた。
王太子は私の視線の意味を正確に理解したようで、緊張した様子で口を開く。
「ルチアーナ嬢、君が気分を害さないでくれるといいのだが、……実は、君に告白することについて、ラカーシュに事前予告をしていた」
「はい!?」
王太子がラカーシュに告白の事前予告をしたですって? 一体何のために??
言われたことが理解できずに、ぽかんと口を開ける。
そんな私に向かって、王太子は焦った様子で言葉を続けた。
「誤解してほしくないのだが、いくら私が色恋に疎いといっても、このような情報を他言すべきでないことは分かっている。恋愛感情というのは真剣でデリケートなものだから、他人に広めるべきものでないということは。ただ……ラカーシュは私の親友なのだ」
それはよく知っている。
何と言ってもラカーシュは王太子からただ一人、「エルネスト呼び」を許された人物なのだから。
「私はラカーシュの想い人が君であることを知っていた」
「うっ!」
さらりと告げられた事実に、思わず言葉が零れる。
王太子が何度もそれらしいことを言っていたので、気付かれているかもしれないとは予想していたけれど、はっきりと言葉にされるとは思っていなかったからだ。
「歩く彫像」と言われるラカーシュの感情は読み取りにくいことで有名なのに、一体どうやって気付いたのかしら。
もしかしたらラカーシュも、王太子に「告白の事前予告」をしたのだろうか。
紳士は皆「告白の事前予告」を友人にするものかしら、と顔をしかめていると、王太子は私を落ち着かせようとでもいうかのように両手を上げた。
「君が何を考えているのか分かる気がするが、ラカーシュが君を想っていることを私が知ったのは、彼の言動に君への恋慕の気持ちが表れていたからだ。ラカーシュの口から伝えられたわけではない」
「あ、そ、そうなんですね」
「そうだ。そして、私の親友の本気の恋だ。決して邪魔をしないと自分に誓った。それなのに、世界中にこれほど多くの女性がいるにもかかわらず、私は絶対に恋すべきでない君を好きになった」
「ああ……」
そうでしょうね。冷静に考えたら、王太子が悪役令嬢な私を好きになるというのは大変な不都合案件だ。
「だから、ラカーシュを裏切ることの謝罪を、事前に彼に対して行ったのだ。君への告白について、ラカーシュから許可をもらったわけではない。何を言われようと、君に告白することは決めていたからな」
「…………」
つまり、王太子はラカーシュが私を好きなことを知っていて、親友の恋を応援しようと思っていたけれど、王太子も私を好きになってしまったから、謝罪込みでラカーシュに打ち明けたということらしい。
まあ、話だけ聞いていると私は魔性の女みたいじゃないの。
何とも答えようがなくて俯いていると、それまで無言を貫いていたラカーシュの声が響いた。
「ルチアーナ嬢、私とエルネストが友人であるがために、面倒なことに巻き込んでしまって申し訳ない」
いやいや、ラカーシュが謝罪する必要なんてこれっぽっちもないわよね。
そう驚いていると、彼の唇が楽しそうな弧を描いた。
どうしてそんな表情を浮かべたのかしらと訝しく思っていると、彼は思ってもみないことを言い出した。
「君が王族に嫁ぎたいという野心的な女性ならば、エルネストはぴったりの相手だが、そうでなければ私くらいがちょうどいいのじゃないかな」
「はい?」
ラカーシュくらいがちょうどいい?
「私は公爵家の嫡子でしかない。王家のように堅苦しくはないうえ、程よく上級貴族だから、他の貴族に膝を折ることも、生活に困ることもないだろう。条件的には私くらいが一番いいと思うが、どうだろうか?」
「い、いえ、それは……」
生真面目な表情で、さも当然の話のように言われたけど、ラカーシュは全然分かっていないわね。
「私くらいが一番いい」と発言したけど、王家に次いで家格が高い筆頭公爵家だから、ぜんぜん「くらい」じゃないわよね。
というか、私に言わせてもらえれば、王家も筆頭公爵家も同じようなものだから。
条件がよ過ぎて、悪役令嬢の劣等生には釣り合わないわ!
そう心の中で反論していると、王太子の焦った声が響く。
「ルチアーナ嬢、私が王になる者であることは変えられないが、私の隣にいたとしても、君は美しいものを見つめて楽しく暮らせるはずだ! 私はそんな君の邪魔をする気はないから、意外と王宮生活は楽しいと思うぞ。だから、私でもいいのではないか?」
「ええと、いえ、その、はい、あれ?」
どういうことかしら。私は改めて2人から、どちらかを選ぶように勧められているのかしら。
というか、この際だからずっと疑問に思っていたことを尋ねてもいいだろうか。
「あ、あの、すみません。私はよく分かっていないので、お尋ねしてもいいですか?」
2人が頷いてくれたので、勇気を持って口を開く。
「え、ええと、お2方は私にこっ、告白してくれましたけど、……私はどうすればいいのでしょうか? すぐにお返事をすべきなのでしょうか?」
前世はずっと喪女で、今世も恋愛とは縁遠かったため、異性から告白された場合にどう対応すべきなのかがよく分かっていないのだ。
聞く相手を間違っているように思いながらも、この2人から告白されたことを他の人に話すわけにいかないから、他に聞ける人がいないと、何でも知っていそうな2人に質問する。
2人はきょとりとした表情で私を見つめた後、ふっと苦笑した。
「いや、返事は保留しておいてもらうとありがたい」
「ラカーシュの言う通りだ。君は恋愛感情を抱かない者とは付き合わないだろうから」
「えっ?」
どういう意味かしら?
言われた意味が分からずに目を瞬かせていると、王太子が補足してくれる。
「ルチアーナ嬢は自分の感情を確認するため、試しに付き合ってみようとは決して発想しないだろう? そうであれば、拙速に答えを求めた場合、ノーと言う返事しか返ってこないはずだ。そんな答えがほしいとは決して思わないからな」
「そ、そうですか」
恋愛に関する会話を交わすだけで、心が浮ついてしまうのだから、私はまだまだ修行が必要なようだ。
けれど、2人の言葉から、彼らが私の行動を理解してくれていることが分かり、無性に嬉しくなる。
思わず笑みを浮かべると、王太子は眩しいものを見るかのように目を細めた。
「ルチアーナ嬢、私が告白したのは、君に私の気持ちを知ってほしかったからだ。告白しなければ、君は私のことを友人だとしか考えず、そのままの関係がずっと続いただろうからな」
それはその通りなので無言で頷く。
王太子とは友達になったのだから、告白されなかったら、彼のことを友人以外の関係だと考えることはなかっただろう。
そんな私を見て、王太子は強い意志を秘めた目で見つめてきた。
「君に私を意識してほしかった。君が自発的に私に恋心を抱くことはないだろうから、私を意識することで、君の感情が変化することを期待しているのだ」
王太子の言葉を聞いた途端、「私は本気だ」と言われている気持ちになる。
私は咄嗟に返事をすることができず、無言のまま王太子を見つめたのだった。







