231 睡蓮か美貌の水の精か、はたまた攻略対象者か 2
突然の攻略対象者の出現に呆然としている間に、カールはゆっくりと私を地面に下ろしてくれた。
私が彼をじろじろと眺めていた間も、どうやらずっと抱きかかえてくれていたようだ。
今さらながらそのことに思い至り、慌てて一歩後ろに下がる。
目の前に立つことで、カールとは随分身長差があり、見上げるほどに背が高いことに気が付いた。
それから、彼の瞳が今まで目にしたどの海よりも青く美しく、ああ、そうだった、彼の瞳は世界中のあらゆる海よりも鮮やかだと評判で、「深海色の瞳」と呼ばれていたことを思い出す。
「ディープブルー……」
思わず口にすると、カールは不快そうに顔を歪めた。
それから、体を屈めると、何かを手に取って私に向き直り、肩にばさりとかけてくれる。
「冬の最中に水遊びをすると風邪をひく。急いで温かい湯につかるんだな」
そうだった。ここは「夏の庭」で、気温を含めた全ての環境が夏仕様になっているけれど、この庭の外には12月の真冬の環境が待っているのだったわ。
自分の体を見下ろすとびっしょり濡れており、その上に男性用の上着を羽織る形となっていた。
どうやら、カールが彼の上着を貸してくれたようだ。
「ありがとうございます。でも、カール様は……」
カールもびしょ濡れだから、やっぱり寒い思いをするんじゃないかしらと心配になったけれど、カールは何でもないとばかりに手を振った。
「君に心配してもらうほど大変な状況ではない。それよりも、早く部屋に戻るんだな。オレが上着を着せたというのに、風邪を引かれてしまったら、オレの親切が無駄になる」
カールの言う通りだわ、と思った私は慌てて頭を下げる。
「カール様、ご親切にしていただきありがとうございました。それから、ゆっくりと池泳ぎを楽しんでいたところを邪魔して申し訳ありません。上着は綺麗にしてお返ししますので、これで失礼します」
そう言うと、私は「春の庭」を通って、女子寮まで走って戻った。
濡れた体は「春の庭」でも寒さを感じたけれど、「四季の庭」を出た途端、12月の寒さに直撃されたため歯がカチカチと鳴り出す。
「さささ寒いわね! そうよね。12月だものね」
私は当然のことを口にしながら、一目散に寮の私室に飛び込むと、急いでお風呂に入ったのだった。
「あたたかい……」
ぴしゃんとお湯を体にかけながら、私は湯船の中でうとうとし始めた。
昨夜の王宮舞踏会の疲れに加え、今朝早起きしたために発生する眠気、冬の最中に池に飛び込んで溺れかけたことによる体力の消耗により、気持ちのいいお湯の中に入ったことで夢の世界にいざなわれかけたけれど……。
「あっ、お、思い出したわ!」
やり忘れていたことを思い出したため、慌てて目を開くと、夢の世界から戻ってくる。
「そうだった、忘れていたわ! 私はカールとお友達にならないといけないのだったわ!!」
何かを忘れているわ、と思いながらもその何かが思い出せずにもやもやしていたのだけど、図らずも眠りかけたことで思い出したようだ。
―――そう、私はカールにしかできないことを手伝ってもらうため、彼と親しくならなければいけないのだ。
「下心満載だけど、お願いごとを聞いてもらうために、ぜひともお友達になりたいのよね。そう言えば、カールは同じクラスだったわ。いきなりお友達になりましょう、と言っても警戒されるだけだから、少しずつ仲良くなれればいいのだけど」
数か月前であれば、攻略対象者はすべからく避けるべきだ、と固く決心していた私だったけれど、方針を転換したため躊躇なくそう口にする。
なぜなら攻略対象者だけあって、彼らはそれぞれ稀なる能力を与えられており、彼らの協力なしにゲームに出てくるストーリーやイベントを進めるのは難しいと気付いたからだ。
そして、それはゲームに出てこない『四星』がらみの案件であっても同様なのだ。
「いずれにせよ、今日はまず登校して、一日を生き延びることが最重要事項よね!」
私は鏡に映る短い髪を見て、そう自分に言い聞かせたのだった。







