230 睡蓮か美貌の水の精か、はたまた攻略対象者か 1
どれだけ考えても答えが出る気がしなかったため、気分を変えようとしばらく歩いていると、たくさんの種類の樹木や草花が植えてある場所に出た。
どうやら「夏の庭」に入ったようだ。
この庭にはいつだって、色とりどりの花が咲き乱れており、とても華やかな様相を呈している。
そして、ここら一帯にある植物は、一見無秩序に植えられているように見えて、実際には「睡蓮の池」を引き立たせる背景として、完璧に計算されたうえで配置してあった。
「せっかくここまで来たのだから、『睡蓮の池』を見ていこうかしら」
私はそう呟くと、通路を外れて奥まで進んでいく。
すると、お目当ての「睡蓮の池」が視界に入ってきた。
早朝の時間帯だったためか、水面付近に朝靄がかかっており、想定外の美しさに息を呑む。
「まあ、何て神秘的で美しいのかしら!」
それまで悩んでいたことが頭から吹き飛び、思わず声が漏れてしまう。
けれど、それも仕方がないことだろう。
広々とした池を囲むように植えられている様々な種類の樹木や草花が、鏡面のようになった池の上に反転して映し出され、まるで1枚の名画のように美しい景色を作り出していたのだから。
さらに、池の上にかかった白い靄の中から、目にも鮮やかなピンク色の睡蓮が水面に浮かんでいる姿があちこちに見える。
まるでおとぎの国のような幻想的な景色に見とれていると、ひと際大きく美しい一輪の睡蓮が目に入った。
それは白とピンクが交じった見事な一輪で、靄の中、艶やかに咲き誇っていた。
「まあ、この花を見られただけでも、早起きした甲斐があったわ」
嬉しさで顔をほころばせる私の視線の先で、その睡蓮はまるで私から隠れるかのように、ゆっくりと水の中に沈んでいく。
「えっ!?」
睡蓮が溺れた?
そんなことがあるはずないのだけれど、目の前で植物が動くというあり得ない光景を目にした私は、びっくりして目を丸くした。
それから、なぜだかあの美しい睡蓮を救わなければいけない気持ちになって、気付いた時には池の中に飛び込んでいた。
けれど、飛び込んだ池が思っていたよりも深く、足が立たないことに気付いたため、私はばしゃばしゃと腕を振り回す。
しまった、ドレス姿で水に飛び込んだため、水を含んで重くなってしまったわ。
どうしよう、私は泳げるはずだから、落ち着いて……と思うほどに、体が沈んでいってパニックに陥る。
ああ、何てことかしら、私はこのまま溺れてしまうのかしら……と思ったところで、目の前に先ほどの美しい睡蓮が現れた。
「な、何てことかしら、あの美しい睡蓮が移動してきて、目の前に浮かんでいるわ。そんなはずはないから、私はもう極楽浄土に着いてしまったのかしら。いえ、違うわよね。極楽に咲くのは、睡蓮でなく蓮だったはずよ」
そう口にしたところでいよいよ顔が沈み始め、もうダメだと思ったところで美しい睡蓮に抱え上げられる。
「す、睡蓮に抱え上げられた!? ダ、ダメだわ! パニックに陥って、よく分からない状態にいると錯覚しているわ」
混乱を収めようと、ぎゅっと目を瞑ったところで、私はざばりと池から引き上げられた。
「え?」
びっくりして目を開くと、目の前にあの美しい睡蓮が咲いていた。
「ええ?」
けれど、もちろんそんなはずはなく、よく見ると睡蓮だと思った相手は、ピンクと白の髪色をした美しい男性だった。
白い肌に幻想的な2色の髪色をした美丈夫が、ずぶ濡れの私を抱えて立っていたのだ。
何が起こったのか分からず、どこからどこまでも整った端整な顔を茫然と眺めていると、長いまつ毛に縁取られたアーモンド形の目が真っすぐに私を見下ろしてきた。
池から上がってきたため、その男性は頭の天辺まで濡れていて、滑らかな頬を水滴が滑り落ちている。
「み、水も滴るいい男……」
思わずそう呟くと、その男性は驚いたように目を見開いた。
もちろん溺れかけていた私が、陸に引き上げられた後の第一声として、おかしなことを口走ったから驚いたのだろうけれど、その人間的な動作を見たことではっと現実に立ち戻る。
あまりに人間離れした美しさを目の当たりにしたため、幻想世界に入り込んでしまったと錯覚したけれど、そんなはずはなかったのだ。
どうやら私は溺れかけていたところを助けられたらしく、その相手は……。
「カ、カール・ニンファー!」
幻想的なまでに美しい姿を目にしたことで、相手が誰であるのかを一目で理解する。
「オレを知っているのか?」
少しかすれたような声が、その幻想的な外見と相まって、得も言われぬほど麗しい。
オレを知っているのか、ですって?
もちろん知っているに決まっている。前世から。
―――そう、彼はゲーム内で「幻想王子」の愛称で呼ばれていたニンファー国の第二王子で、主要な攻略対象者の1人だった。
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