228 王宮舞踏会 18
なるほど、だから私がラカーシュやジョシュア師団長、ルイス、アレクシス師団長から花を受け取った時、それらの場面を見た女性たちの反応がバラバラだったのね。
ある女性は深い思いが込められているはずだと頬を赤らめ、ある女性は軽い謝意だと微笑ましく思ったのだろう。
「人によって込める思いの深さが異なるというのはいいですね。花を渡した本人しか分からないのであれば、受け取った方が勝手に重い気持ちが詰まっていると解釈して、浮かれていても構わないってことですものね」
さすがは乙女ゲームが基になった世界だ。
「このくらいの想いが詰まっています」とはっきり明示されるよりも、乙女の妄想を膨らませて、「これほどの想いかしら」と想像した方が、確実に愛情量が増えるはずだもの。
私の言葉を聞いた兄は、同意しかねると言った様子でちらりと私を見た。
「さて、実際に込められた気持ちよりも重い感情を、お前が想像できるとは思えないがな」
「ほほほ、(元喪女だった)私の想像力を舐めないでほしいですわ!」
自信満々に高笑いをすると、兄はおかしそうな表情を浮かべて立ち止まり、私と向かい合った。
「お兄様?」
どうしたのかしらと見つめていると、兄は視線を伏せて胸元に飾っていた青紫色の撫子を手に取り、私に差し出してくる。
「では、誰よりも大切な私の妹に私の心を贈ろう。お前に私の気持ちを軽んじられるのが怖くて、花を贈ることを躊躇していたが、お前が正しく私の感情を理解してくれるというのならば、花を贈らせてくれ」
それはとても自然な動作だったため、思わず手を伸ばして青紫色の撫子を受け取る。
その際、兄はさり気なく私が持っていた白百合を手に取ると、仮置きするかのように近くの枝に挿した。
兄から受け取った瑞々しくも可愛らしい花には、他の方々からもらったもの同様、私の髪色のリボンが結ばれている。
「お前以外に家紋の花を贈る気はなかった。だから、私の花に結ばれているリボンはお前の色だ」
なるほど、花に結ぶリボンの色は相手の女性へ誠実さを示すようだ。
『この花を準備した時から、あなたへ贈ることを決めていました』という証として、お相手の色のリボンを結ぶのだろう。
とっても素敵なルールだわとうっとりしていると、兄がにやりと微笑んだ。
「今夜のお前は家紋の花を何本も贈られている。ラストダンスの後にいずれかの花を身に着ければ、その花に込められた気持ちを受け取ったという意味になるぞ。……さて、どうする?」
兄の言い方から、躊躇いがあるようであれば、花を身に着けなくてもいいということみたいねと考えていると、舞踏会の終わりを告げる鐘が鳴り始めた。
私は体を反転させると、真っ暗い夜闇の中で明るさを放っている王宮に視線をやる。
「……ラストダンスですね」
真夜中を告げる鐘が鳴り終わると同時に、本日最後のダンスの曲が演奏されるのが王宮舞踏会の習わしだ。
今いる場所から王宮までは数十メートルほどあるため、会場に戻る頃には既に曲が始まっているだろう。
兄と踊り損ねたわと残念な気持ちで、空に昇る大きな月を見上げる。
今夜は満月だったため、明るい月の光が煌々と美しく整備された庭を照らしていた。
たくさんのシャンデリアで飾られた王宮は煌びやかで美しいけれど、月と星の光に照らされた王宮の庭もとても美しいわ。
そう思いながらふっと微笑んでいると、月の精かと思うほど美しい兄が優雅な仕草で片手を胸に当てて頭を下げてきた。
「ルチアーナ、私と踊ってもらえるか?」
それは童話の一節のように美しい光景だった。
清廉な美しさを感じる夜闇の中、最上級に整備された王宮の庭で、月と星に照らされた絵本の中の王子様のように麗しい兄が、輝く瞳で私を見つめているのだから。
「……今夜のお兄様は全てが洗練されているので、センセーションを巻き起こすと思っていました。王宮のホールで踊っていたら、間違いなく大勢の女性の心を虜にしたはずですわ」
なのに、兄は私が踊る間、誰の手も取らずに私を見ていた。
きっと私が王太子に呼ばれて温室にいた間も、誰とも踊っていないのだろう。
そのことを残念に思いながら呟くと、兄は綺麗な笑みを浮かべた。
「王宮に大評判を巻き起こすのか? 私はお前の心に波紋を呼べればそれでいい」
何と返事をしていいか分からなかったため、私は無言のまま、片方の手を兄の手に重ねた。
もう一方の手は、撫子の花を持ったまま兄の肩に当てる。
私たちは無言のまま、王宮からかすかに響いてくる音楽に合わせてステップを踏んだ。
月の光と音楽とお兄様。
なぜかそれだけで、必要なものは全て揃っているような気持ちになる。
学園を休んでダイアンサス侯爵邸に籠っていた間、兄と何度もダンスの練習をしたからか、今夜踊った紳士たちの誰よりも兄とのダンスが踊りやすいと感じる。
まるで風に揺れているような気持ちで、ダンスを踊ることができるのだから。
何気なく見上げると、銀色に輝く満月を背景に、冴え冴えとした美貌の兄が優しい瞳で私を見下ろしていた。
まるで夢のように美しい光景を前に言葉を失っていると、さあっと風が吹いて庭園の花々を散らす。
美しくもかぐわしい花びらが風に吹き上げられ、兄の上にひらひらと落ちてきた。
それらの花びらは月の光を浴びて輝いており、まるで光の粒が兄に降っているかのようだった。
圧倒的なまでに美しい情景に思わず足を止めると、兄も足を止めてうっすらと微笑む。
「花びらが月光を受けて輝き、まるで光の粒のように見えるな。それらを一身に浴びるお前は、月の女神のようだ」
兄を含めた全てが幻想のように美しかったため、反応が遅れてしまったけれど、私は何とか声を紡ぎ出す。
「……私も同じようなことをお兄様に思ったのですが、上手く言葉にできませんでした。詩的表現はお兄様の方がお上手ですね」
兄はおかしそうに微笑んだ。
「詩的表現? 私は思ったことを口にしただけだ。ルチアーナ、お前は誰よりも美しい。だから、いつだって胸を張っていなさい」
多分、兄は思ったことを口にしただけなのだろうけれど……一方でその言葉は、髪が短くなった私を勇気づけるためのものだった。
「はい、お兄様」
私はそう約束すると、音楽の終わりに合わせて淑女の礼を執った。
合わせるように、兄も紳士の礼を執る。
ダンスが終わった後、私は手に持っていた青紫色の撫子を手首に挿した。
「……その、お兄様でしたら、私が耐えられないほど多くの想いは込めていないでしょうから、身に着けさせていただきます」
まるで言い訳のような言葉だったけれど、兄は目を細めると嬉しそうに微笑んだ。
「そうか。間違いなく私は、お前が想像したものと等量の愛情を込めたはずだ。お前が負担に感じることはないだろう」
「……そうですね」
私は勘がいい方ではないから、実際に兄が私に対して抱いている愛情と、私が勝手に想像した兄の愛情が等量になるはずはない。
それでも……兄は私がどんな答えを口にしたとしても、「私がお前に抱いている愛情は正にその量だ」と答え、正解だと扱ってくれるように思われた。







