227 王宮舞踏会 17
王太子に告白されるというのはとんでもないことだ。
イケメンに告白されたとか、ゲーム内で人気ナンバー1の攻略対象者に告白されたとかだけでなく、いずれこの国の頂点に立つ人物から告白されたというのは、ものすごく重い意味を持っている。
持っているはずだ。とは思うものの……頭がぐるぐるして、難しいことを考えることができない。
ストレートに気持ちをぶつけられることはこれほど消耗するのね、と王太子と別れた私は、ふらふらとした足取りで温室内を歩いていた。
王太子の告白を受け、頭がパンクしている状態だった私を見かねたようで、王太子が解放してくれたのだ。
その際に説明されたが、どうやら王太子は私が今夜、王宮に宿泊できるよう客室を準備してくれていたらしい。
というのも、学園の実習として元々決まっていた「王宮舞踏会への参加権」を放棄して、白百合領を訪問した私に申し訳なさを感じていて、埋め合わせをしてくれるつもりだったようだ。
そのため、「王宮舞踏会への参加権」に付随していた、王宮宿泊と王太子とのお茶会の両方を準備してくれていたらしいのだけど……。
「想像以上に君を動揺させてしまった。申し訳ない、今夜は君を侯爵邸に帰すべきだな」
そう申し訳なさそうに言われたのだ。
よければ舞踏会会場にいる両親のもとまで送っていくと言われたが、王太子とご一緒していたことが他の貴族たちにバレたら大変だし、一人で考えたいことがあるからと丁寧にお断りした。
そうして今、私はふらふらとした足取りながらも、何とか温室の入り口に辿り着く。
過去にラカーシュとジョシュア師団長から告白されたことがあったものの、三度目だから慣れるというものでなく、とんでもない衝撃を受けるものなのね、とぐらぐらする頭で考える。
温室の前で警備していたグレッグとジーンは、私が手に持った白百合の花を見て、驚いたように目を見張った。
「……マジか、『撫子の君』は本物の魔性の女性だったんだな! いつだって冷静沈着な殿下を恋に落とすなんて、恐ろしい手腕じゃないか」
「はー、妹の言った通り、やはり『撫子の君』は遠くから眺める観賞用の高嶺の花だったか。しかし、さすが殿下だ。見る目があるな」
2人は声を潜めるでもなく、心の裡を声に出していたけれど、反応できるような心境ではなかったため、頷いただけでふらふらと歩いていく。
けれど、夜道だったせいか、綺麗に整備されたレンガ石のわずかな段差に躓き、よろけてしまった。
グレッグとジーンが咄嗟に手を伸ばしてきたけれど、それより早く私を支える腕が伸びてきて、危なげなく私を抱きしめる。
「やあ、ルチアーナ、足元がふらついているようだな。アルコールは摂取していないから、酔っていないはずだが」
顔を上げるより早く、響いてきた美声とふわりと漂うパルファンの香りで、誰に支えられたかを理解する。
「お兄様?」
尋ねる声を上げると、すぐに声が返ってきた。
「ああ、遅いから迎えにきた。頬が赤いな。まさか白百合に酔ったのか?」
「えっ、あっ、あの……」
兄が言葉遊びを始めたのは分かったけれど、婉曲過ぎて正確には理解できなかったため、下手なことを言って誤解させてはいけないと焦ってしまう。
その間に兄はグレッグとジーンの2人に声を掛け、この後は兄が私を宮殿まで送っていくという形で話を付けてしまった。
ざくざくと足音だけを響かせながら、2人でしばらく歩いたところで、兄が気遣わし気に私を見つめてきた。
「どうする、疲れているのであれば、このまま侯爵邸に戻るか?」
いつも通りの過保護な兄を、私はちらりと見上げる。
今夜の王宮舞踏会で、兄とはラストダンスを踊る約束をしていたはずだけれど、―――兄のことだから忘れているはずはないのだろうけれど、その約束を反故にしようと思うほど、私は疲れて見えるのだろう。
私はいったん頭の中から王太子の告白を追い出すと、今夜ずっと疑問に思っていたことを尋ねてみた。
「お兄様、皆様がダンスの後に家紋の花をくださいましたけど、あれはどういう意味ですか?」
兄は私が手に持っている白百合に視線を落とすと、考えるかのように空を見上げる。
その態度を見て、兄は温室で私が会った相手も、交わした内容のいくばくかも予想が付いているのだろうけれど、私から話すまで尋ねるつもりがないことを理解する。
王太子の真剣な告白を他の者に漏らすわけにはいかないし、このことについて何かを考えられる状態ではなかったため、兄の態度をありがたく思っていると、兄は寒空の下で白い息を吐いた。
「家紋の花は本人そのものだ。夜会で家紋の花を渡すのは、『私自身を捧げる』という意思表示だ」
「えっ?」
「というのが元々の習わしだが、最近では幅広い意味が込められるようになった。そのため、花を贈る行為に込める想いの深さは人それぞれだ。『ダンスの相手を務めてくれてありがとう』といった軽い謝意を示すものから、元々の意味である求愛まで。お前に家紋の花を渡した紳士たちがどれほどの想いを込めたのか、私には分からないな」







