224 王太子逆攻略計画 1
グレッグとジーンに案内されたのは、白百合が咲き誇る温室だった。
「外で警備をしているから」という言葉とともに、2人は温室の扉を外側から閉める。
密室に閉じ込められた気持ちになった私は心細さを覚えたけれど、花を見るだけよと自分に言い聞かせて一歩踏み出した。
温室の中には2人の言葉通り、たくさんの白百合が植えてあった。
奥に進むにつれ、植えられている白百合はどんどん白く大きくなっていく。
まあ、どこまで美しくなるのかしらと興味をもって眺めていると、一番奥に唯一無二の美しい白百合であるエルネスト王太子が立っていた。
背筋を伸ばした凛とした立ち姿に、白百合の高貴さを見たような気持ちになり、やはり王家の家紋は白百合だわと納得する。
温室の中にはテーブルや椅子が備えてあったけれど、王太子はそれらに座ることなく立って私を待っていた。
その態度に彼の誠実さと焦燥感が表れているように思われる。
王太子は私の片手を取ると、流れるような仕草で椅子の一つに座らせた。
幼い頃から身に付いている対淑女マナーは完璧だったけれど、いつも浮かんでいる柔和な笑みは強張っており、彼が緊張している様子が伝わってくる。
緊張状態は伝播するものなのか、つられて私も緊張していると、彼はテーブルを挟んで向かい合わせの椅子に座り、無言で見つめてきた。
「ルチアーナ嬢、夜会の途中に呼び出してすまない」
「いえ」
言葉少なに返すと、王太子は言葉を発するのが難しい様子でごくりと唾を飲み込んだ。
それから、話を切り出しにくい様子で視線をさまよわせていたので、取りかかりになればと共通の話題を口にする。
「王太子殿下、その後の白百合領についてお尋ねしてもいいですか? 兄と一緒に私があの地を去った後、白百合領の領民たちはどうなりました? 体調不良の方がさらに出るのではないかと、心配していたのですが」
私が行った質問は話題として適切だったようで、王太子はほっとした様子を見せると口を開いた。
「君が去って以降は1人の体調不良者も出ていない。恐らく、今後も出ることはないだろう。全ては君のおかげだ。多くの者が君に感謝しているから、君さえよければ週末にでも1度、白百合領の皆に顔を見せてもらえないか?」
王太子は軽い調子でそう言ったけれど、白百合領までは片道5日もかかるのだ。
週末にちょっと訪問できるような、簡単な場所ではないだろう。
もうすぐ冬休みだし、長期休暇を利用して訪問させてもらえればありがたいのだけどと考えていると、王太子は思ってもみないことを口にした。
「王宮には白百合領へ通じる転移陣があるから、それを使えばすぐに移動できる」
いやいや、それは使用してはいけないやつでしょう。
白百合城に転移陣が設置してあること自体が極秘事項なのだから、そこにつながる転移陣が王宮にあるというのは、それ以上に極秘事項だろう。
そもそも転移陣は一室に複数個をまとめて設置し、一括して管理してある場合が多い。
それらの転移陣が設置してある場所自体が超極秘事項になっているから、一貴族の私が王宮に設置してある転移陣の場所を知ることは許されないのだ。
「王宮にある転移陣を使用するなんて、とんでもないことですわ。一貴族である私が使用できるものではありません」
当然の言葉を返すと、王太子は緊張した様子を見せた。
「ルチアーナ嬢、君は『ただの一貴族』ではない。その立場を超えている」
「え? それは……」
待って、待って。
『ただの一貴族ではなく悪役令嬢だ!』と、言い放たれるわけではないでしょうね。
そんなはずないと思うものの、他に何も思い浮かばなくてドキドキしていると、彼は言いにくそうな様子で髪をかき上げた。
「その……このことが君を呼び出した理由でもあるのだが、君が聖獣を救ってくれた後の話をしてもいいだろうか?」
相手は次期国王となる王太子殿下だ。
そもそも王太子の話を拒絶できるはずもないのだけど、聖獣を救った後の話というのは、私がすごく聞きたかったものだった。
「もちろんです。聖獣のことは私も気になっていたので、ぜひ聞きたいです!」
勢い込んで言うと、王太子は笑みらしきものを浮かべ……ようとしたけれど、その表情は硬く、あまり成功しているとは言えなかった。
それでも王太子は決意した表情を浮かべると口を開く。
「聖獣を従えた後、私は王宮に戻って父王に全てを話した。ルチアーナ嬢の部分は割愛すべきと思い、そう努めようとしたが、ことがことだけに父が納得するはずもなく、結局は全てを語ることになってしまった」
「えっ!」
私は驚きのあまり、これでもかと両目を見開いた。
「す……全てというのはどこまででしょうか?」
往生際悪く王太子に尋ねたところ、彼はしっかりと私の目を見つめたまま言葉を発した。
「『四星』の一星と遭遇したこと、さらにもう一星の『四星』が聖獣に魔物を差し向けた張本人であったこと、それから……聖獣を救うために尽力し、私と聖獣との新たな契約を結んでくれた勇敢なご令嬢のことだ」
「あああああ、それは確かに全てですね!!」
王太子の言葉を聞いた私は、絶望的な気持ちで両手で顔を覆った。
椅子に座っていたはずなのに、力が抜けて滑り落ちたようで、いつの間にか地面にしゃがみ込む形になっている。
けれど、そこで1つ大事なことが抜けていることに気付き、私は両手で顔を覆ったまま質問した。
「ち、ちなみに、『世界樹の魔法使い』については、陛下に何かお話ししました?」
「いや、そこは割愛しても話が流れたため、話していない」
「よ、よかった……」
最悪な状況ではなく、最悪から少しマシな状況だということが分かり、ほうっと息を吐き出す。
けれど、その時ふと、王太子の声が頭上からではなく正面から聞こえたことに気付いた。
そのため、不思議に思って顔を覆っていた指を少しだけズラしてみたところ……目の前に王太子の顔があった。
「ひゃあ!」
驚いて手をどけると、私の目の前に王太子がかがみこみ、至近距離で私を覗き込んでいる姿が見えた。
「お、お、お、王太子殿下、い、一体何を……」
まずい、まずい。王太子の膝を地面に付けてしまったわ。
あわあわと言葉を続ける私に向かって、王太子は真剣な表情で続けた。
「ルチアーナ嬢、君は王も認める我が王家の恩人だ。とても一貴族と片付けられる存在ではない」
いつも読んでいただきありがとうございます!
今年一年間、お付き合いいただきありがとうございました。
来年もよろしくお願いしますo(^-^)o
(すみません、これが全作品含めて今年最後の更新になります)







