215 王宮舞踏会 8
ユーリア様は返事をしなかったけれど、そのこと自体が答えになっているように思われた。
さらに、私の言葉を聞いたセリアが焦った様子で自分の髪を押さえたので、こちらもなのねとびっくりする。
「ええっ、セリア様もご自分で髪を短くしたんですか!?」
目を見開いて質問すると、セリアは焦った様子で口を開いた。
「ちが、ちがいます。黒鳥が……」
あくまで黒鳥のせいだと言い張ろうとしているけれど、冷静に考えてみると無理がある。
私は腕を組むと、改めてセリアの発言を考えてみた。
「筆頭公爵家の侍女と言えば、王宮を除けば我が国最高峰の侍女ですよね。そんな侍女たちが直せないほど髪が絡まることなんてあるものですかね」
昔、私が編み物に失敗して、毛糸をぐちゃぐちゃに絡ませてしまったことがあった。
何とかしようとやたらめったら引っ張ったため、毛糸はさらにぎゅうぎゅうに絡まってしまい、捨てるしかないと諦めていたところ、侍女の1人がするすると糸をほどき始め、あっという間に元通りに糸の玉に戻してくれた。
私の侍女は何てすごいのかしら、と心から感心したけれど、筆頭公爵家の侍女であれば、侯爵家の侍女と同等かそれ以上のことができるのじゃないだろうか。
いくら黒鳥に髪を引っ張られてくしゃくしゃになったとしても、セリアの髪を元に戻すことは可能だったように思われる。
「それは……ええと、侍女たちはもっと頑張ろうとしたのですが、私がくしゃくしゃの髪を見たくない気持ちになって、早々に切ってしまったのです」
あわあわとした様子ながらも、何とかそれらしく聞こえるセリフを口にしたセリアは、ほっとした様子で笑みを浮かべた。
うーん、その上手くいったとばかりの表情が、噓をついていると表明しているようなものじゃないかしら。
そう確信した私は、努めて優しい声を出す。
「セリア様、私の髪が短くなったことを聞いて、お揃いにしてくれたんですか?」
わざとセリアが好みそうな「お揃い」という単語を使うと、彼女は頬を赤らめて言いよどむ。
「えっ、あの、それは……」
そのため、もう一押しとばかりに言葉を重ねた。
「私とお揃いにしてくれたのならば嬉しいです」
すると、根が素直なセリアはぱあっと顔を輝かせて、私の両手を握ってきた。
「わっ、私もお姉様とお揃いになれて嬉しいです! だって、そもそも私がお姉様に聖……、清らかなるものを救ってほしいとお願いしたのが発端ですもの! だからこそ、お姉様は無茶をして、美しい髪を失ってしまったんですから」
セリアが正直に告白し始めたわと思って黙って見守っていたけれど、彼女は話をしている途中で感情が高ぶってきたのか涙を零し始めた。
そのため、そうだったわ、セリアはこんな風に優しい考えを持っているのだったわと胸がきゅんとなる。
きっとセリアはラカーシュから私の話を聞いたのだろう。
そして、その時からずっと、私が短髪になったのは自分のせいだと心を痛めていたに違いない。
私はセリアの耳元に口を近づけると、ひそりと囁いた。
「セリア様、聖獣が再生した話は聞きました? セリア様の『先見』のおかげで、聖獣は魔物に倒されることなく、無事に再生することができたんです。おかげで、この国は今後も聖獣に守られる、安心して暮らせる国のままでいられます。その価値は、私の髪が短くなったこととは比べ物にもなりませんわ」
私はセリアの耳元から体を離すと、彼女の両手を握りしめてまっすぐ見つめた。
「セリア様、ありがとうございます。あなたの助言に、私は心から感謝します」
「お、お、お、お姉様……」
私の発言はセリアを落ち着かせようと考えてのものだったけれど、どうやら私の希望とは真逆に作用したようで、セリアはぽろぽろと大粒の涙を零し始めた。
そのため、私は彼女をぎゅっと抱きしめると、その耳元でもう1度囁いた。今度は少しおどけた調子で。
「ここだけの話ですが、髪が短くなったことも悪いことばかりではないんですよ。洗うのが楽になったし、乾くのも早いし、走るのも早くなりましたから」
「まあ、ふふふ、お姉様ったら走ってみたんですか……」
今度は私の思惑通り、セリアが泣きながらも微笑みを浮かべてくれたので、私はもう1度彼女の背中をぽんぽんと叩いて落ち着かせようとする。
しばらくすると、セリアは自ら体を離し、赤くした目元を恥ずかしそうに扇で半分隠した。
「お姉様、ありがとうございます。落ち着きましたわ」
代わりに、ユーリア様が近付いてきて、私の手をぎゅっと握った。
「私の兄たちは近衛騎士をしているの。だから、大まかなところは聞かせていただいたわ。ルチアーナ様、あなたの勇気に敬意を表します。私の髪はそんなルチアーナ様にあやかりたくて、真似をしたのだと思ってちょうだい」
ユーリア様に正面から褒められ、驚きと嬉しさで頬が赤くなる。
それから、さすがに褒められ過ぎだわと、慌てて彼女の言葉を否定した。
「い、いえ、さすがにユーリア様が真似をするほど立派な行動を取れたわけではないと思います」
私的には頑張ったけれど、それでもユーリア様が髪を切ることにつながりはしないはずだ。
そんな私に向かって、ユーリア様は晴れやかにほほ笑んだ。
「私は将来、王宮の騎士になりたいと思っているの。いずれ髪を切らなければいけないと考えていたから、いいタイミングだったわ」
これも、そんなはずはないだろう。
ユーリア様が女性騎士を目指していたのは知っていたけれど、髪を切るタイミングは今ではなく、王宮勤務が決定してからでもいいはずだ。
ユーリア様も間違いなく、私のために髪を切ってくれたのだ。
ユーリア様の私を思いやってくれる気持ちが嬉しく、私はうるっとしながら彼女の手を握り返した。
「ユーリア様、本当にありがとうございます! 私はユーリア様とお友達になれたことを、心から誇りに思いますわ」
ユーリア様が花のように微笑んだ姿を確認した後、私はセリアに向き直ると、今度は彼女の両手をぎゅっと握る。
「セリア様もです! 私のお友達になってくれてありがとうございます」
セリアは顔を真っ赤にすると、嬉しそうに笑みを返してくれた。
「私もお姉様のお友達になれたことが1番嬉しいです!」
先ほど、私に初めてのダンスを捧げてくれた王太子もそうだけれど、皆の友情が心に沁みるわね。
そう考えながら顔を上げると、目の前にセリアの兄であるラカーシュが立っていた。
相変わらず一分の隙も無い、頭のてっぺんから足の先まで計算された見事な夜会服を着用している。
さすが筆頭公爵家の嫡子ね、と感心しながらも久しぶりにラカーシュに会えたことが嬉しくて笑みを浮かべたけれど、彼の固い表情を見て別れ際のことを思い出した。
それから、彼が何度も我が侯爵邸を訪問してくれたことを。
あっ、浮かれている場合ではなかったわね。
慌てて難しい表情を作ったけれど、ラカーシュの表情はそれ以上に固かった。
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