213 王宮舞踏会 6
当然のことだけれど、ダンスは手と手を取り合い、至近距離で見つめ合うものだ。
そのことを改めて認識した時、私は王太子の煌びやかな美貌に見下ろされていた。
言うまでもないことだけれど、エルネスト王太子はきらっきらの銀髪に宝石のように輝く翠眼を持つ、ものすごい美形の王子様だ。
そのうえ、高潔で人当たりがいいため、王国中のご令嬢が彼に恋焦がれているといっても過言ではない。
そんな相手とともに踊るのだから、緊張でどきどきと心臓が拍動するのは普通のことだろう。
実のところ、前世の私がこの世界の基になった乙女ゲームで夢中になった相手は、エルネスト王太子だった。
そして、前世の記憶を取り戻すまでのルチアーナが必死になって追いかけまわしていた相手も、エルネスト王太子だった。
悪役令嬢に生まれ変わったことに気づいて以降、まさか王太子と踊る機会が訪れるなんて夢にも思わなかったけれど、驚くべきことに私は今、彼とダンスをすべく手を取り合っているのだ。
楽団が軽やかな楽曲を演奏し始めると、私は王太子とともに滑らかに踊り始めた。
エルネスト王太子の踊りは予想した通り素晴らしいもので、しかもとっても踊りやすい。
王太子とは身長差があるので、踊りやすいと感じるのは、彼が私の歩幅に合わせて踊ってくれているからだろう。
ふっと思わず笑みを零すと、王太子から生真面目な表情で尋ねられる。
「何かおかしなことがあったか? 私の踊りに不調法があるのならば言ってくれ」
まあ、本気でそんなことを思っているのかしら。
「その逆ですわ。王宮舞踏会できらきらしいエルネスト王太子殿下と踊れるなんて、夢のようだと考えていたんです」
エルネスト王太子は驚いた様子で目を瞬かせた。
「そうか、……私の方こそ君と踊れて非常に嬉しい」
ふっと自然な笑みを浮かべる王太子の言葉を聞いて、どぎまぎした私は大きな声でお礼を言う。
「えっ! そっ、それはありがとうございます」
しまった、社交辞令に真面目に返してしまったわ。
私ったらどれだけ慣れていないのかしら、と自分自身に呆れてしまい顔をしかめる。
これまで、王太子が誰とも踊ってこなかったのは正解ね。
きらっきらの笑顔で『君と踊れて嬉しい』なんて言われたら、お相手の女性は確実にハートを射抜かれてしまうもの。
ああー、私が立場を弁えていて、社交辞令だとすぐに気付くタイプで王太子は助かったわね。
「殿下はこれまで誰ともダンスをしなかったので、突然、国王陛下に代理を頼まれた時は、焦ったんじゃないですか? でも、お相手に私を選び、名誉を回復しようとしてくれてありがとうございます。それから、私のことを持ち上げるために、ものすごい美辞麗句を並べてくれてありがとうございます。でも、さすがにちょっと褒め過ぎですよね」
『彼女の思慮深さと勇気にはいつも感心させられている』とか、『彼女の美しく長い髪に侯爵令嬢としての誇り高さを見ていた』とか、どう考えても私を表現する言葉ではないだろう。
「それから、『私が舞踏会で初めて踊るダンスを、ルチアーナ嬢に捧げさせてほしい』というセリフにも驚きました。殿下はこれまで誰とも踊ったことがなかったので、初めて踊るダンスが婚約発表の場になるだろう、との噂まで立っていたんです。そのような殿下から、この国で最も価値があるダンスを捧げられる相手が私だなんて、分不相応過ぎますよね」
王太子は緊張した様子で私を見つめると、大事な話をするのだとばかりに顔を近付けてきた。
「ルチアーナ嬢、私は王太子だ。私の妃となる者はいずれ王妃となり、大変な苦労を強いられる。そのため、せめて何か1つくらいは、その相手とだけ共有するものを作り、私たちの絆にしたいと考えてきた」
えっ、このタイミングでそんな話をするということは……。
「ということは、未来のお妃様と踊るダンスがその絆だったということですね! まあ、だから殿下はこれまで誰とも踊らなかったんですね! な、何てことかしら、そんなに大事にとっておいたものを、私の価値を上げるために使ってしまうなんて!!」
王太子ったら何ていい人なのかしら。
「王太子殿下、あなたの友情に心から感謝します!!」
感極まってお礼を言うと、王太子は腑に落ちない様子で私の言葉を繰り返した。
「友情? 友情!? ……ああ、そういう誤解か」
「誤解?」
何も誤解はないはずだけど、と思いながら聞き返したところ、王太子は早々に会話を打ち切った。
「その話は後ほどすることにしよう。ここは場が悪いから、いずれ改めて話をさせてくれ」
「え? ああ、はい」
確かに今はダンスの最中で、長々と話をしている場合ではないだろう。
けれど、改めて説明しなければならないほど、私の発言に問題があったのかしら。
「女性と踊ることに対して、私が長い間、何事かの想いを抱いていたとしても、新たな意味や価値が付加されることはない。ダンスにはしょせんダンスの価値しかないのだ。私には君の髪を取り戻してあげることはできないのだから。そのため、君は私に対して感謝をする必要はない」
王太子の言葉はもちろん、私の気持ちを軽くするための優しい嘘だ。
私にだって、それくらいは理解できる。
「王太子殿下、念のために申し上げますけど、私の髪が短くなったのは私の決断ですよ。ご存じの通り、聖獣の炎に飛び込むように殿下に強要されたわけでも、脅されたわけでもありませんから」
殿下の思い込みを正そうと、現状を認識させるための言葉を発したけれど、王太子は首を横に振った。
「それでも、君が長い髪と引き換えにしたものを私は総取りした。私のせいだと言ってもあながち間違いではない」
いや、間違いよね。全然違う話だわ。
そう思ったけれど、私は王太子の発言の中で、ふと別のことが気に掛かる。
「あの、殿下、ぶしつけな質問をしますけど、以前、『王としての即位は前王の死を契機として行われるわけではない。王が王太子に対して「継承の儀」を行い、聖獣の真名を引き継いだことが確認されると、速やかに代替わりをする』と言われましたよね。今は国王陛下が聖獣の真名を知らずに、王太子殿下だけが知っている状態ですよね。これはどういう状況なんでしょうか?」
その瞬間、王太子にビリリッと電気が走ったような印象を受けた。
そのため、びっくりして見つめると、王太子は固い声を出した。
「……ルチアーナ嬢、そのことについても話をしたいので、後ほど時間を取ってもらえないだろうか」
「え? ええ、もちろん構いません」
うっ、私がした質問は回答に時間が掛かるような、面倒くさいものだったのかしら。
だとしたら、答えてもらわなくてもいいのだけど、律儀な王太子はまたもやわざわざ時間を取ってくれようとしているわよ。
そうよね、これもダンスをしながらするような話題ではなかったわよね、と反省していると、ダンスが終わりに近付いてきた。
しまった、せっかくきらきら王子様と踊れる機会なのだから、堪能しようと思っていたのに、ぺちゃくちゃと話ばかりしてしまったわ。
ううう、これも男性と長時間見つめ合うことに耐えられない、元喪女が無意識に行う自己防衛行動のような気がするわね。
そうだとしたらもったいない、せめてわずかな残り時間だけでも楽しまないと、と王太子を見上げながらステップを踏む。
すると、王太子も心得ているようで、ふわりと優し気な笑みを浮かべた。
ううーん、素敵! イケメン! 本物の王子様だわ!!
ゲーム内で人気ナンバーワンだったのも頷ける麗しさね!!!
「ありがとうございます、殿下! おかげで、私の短い髪を皆様に受け入れてもらえそうですわ」
最後に2人で見つめ合いながら礼を取ると、私は笑みを浮かべたまま王太子にお礼を言った。
すると、王太子はどこかが痛むような表情を浮かべる。
「……私は不純だな。純粋に償いのつもりでダンスをしたはずなのに……君に喜ばれると、心が浮き立ってしまう」
「え?」
王太子の言いたいことが分からずに、聞き返そうとした瞬間、割れんばかりの拍手が響き渡った。
はっとして周りを見回すと、誰もが称賛するような表情で拍手をしてくれている。
毎年、国王夫妻が務めるファーストダンスに贈られる拍手にも見劣りしないような、盛大な拍手だ。
「素晴らしい! 初めて王太子殿下のダンスを拝見しましたが、これはまた見事な踊りですな!!」
「パートナーを務められた撫子のご令嬢の可憐なことといったら! 髪形は個性的ですけれど、踊るたびに髪飾りが輝いて、それはもうきらきらしい艶やかさでしたわね」
「美男美女が踊る姿は胸にクルものがありますね。ああ、とてもいいものを見せていただきました」
王太子と踊ったため、多分にお世辞が含まれているのだろうけれど、それでも続く誉め言葉に高揚して、笑顔で回りを見回していたところ……ふと私の動作が止まる。
なぜなら私の大切なお友達2人のそっくりさんが、目に入ってきたからだ。
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ジョシュア師団長のお見合い風景をぺたり。
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