210 王宮舞踏会 3
久しぶりに家族4人で顔を合わせたにもかかわらず、和やかとは言えない雰囲気が漂ったため、私は顔を引きつらせた。
そんな中、父が一歩前進して距離を詰める姿を見て、さらに険悪な雰囲気になるのではないかと心配になる。
というか、父は難しい顔をして兄の左腕を見つめていた。
えっ、もしかしたら兄は腕が再生したことを父に告げていなかったのかしら、とびっくりした正にその時、王族の入場を告げるラッパの音が鳴り響く。
同時に、1階にある王族専用の扉が開き、国王と王妃、それからエルネスト王太子が入ってきた。
助かった、と思いながら体ごと王族の方々に向き直ると、両親と兄も同じように無言で体の向きを変える。
大勢の貴族たちが見守る中、王族の方々は定められた場所まで歩いてくると足を止めた。
王太子の姿を目にしたのは約1か月ぶりだったけれど、彼はその立場に相応しい煌びやかな服装を身にまとい、堂々と皆の前に立っていた。
よく見ると、彼の服は王家が従える守護聖獣と同じ赤と金をしており、王太子がそのような色を身に着けるのを初めて目にしたためはっとする。
もしかしたら王太子の変化には、不死鳥と契約できたことが影響しているのかもしれないと思ったからだ。
そうだとしたら、この変化が王太子にとっていいものであってほしいと考えたところで、遠目に見ても分かるほど王太子が瘦せていることに気が付いた。
この1か月の間に、王太子は病気でもしたのかしらと心配していると、王が舞踏会の開催を宣言し始める。
「今年も無事にこの日を迎えることができたことを嬉しく思う。そして、皆の顔を見ることができたことを。本日は……」
王はエルネスト王太子が20歳ほど年を取ったような姿をしていて、誰が見ても親子と分かるほどにそっくりだった。
その国王はウィット混じりの挨拶を行うと、隣にいる王妃の手を取る。
王妃は国王よりも5歳年上だけあって、聡明な表情で王を見つめながら優雅に一歩踏み出した。
―――王宮舞踏会は、この場で最も高位の者である王と王妃のダンスから始まる。
それはいつものことだったため、皆で国王夫妻がホールの中心に進み出る姿を見守っていたところ、王妃が何かに躓いた様子でがくりと体を傾けた。
咄嗟に王が王妃の体を抱き留めたけれど、王妃は顔をしかめて自分の足元を見つめる。
もしかしたら足を痛めたのかもしれないと心配していると、私の予想通り、王が王妃は足を痛めたと断りを入れた。
「始まりのダンスは、私の代わりにエルネストに務めさせよう」
王の発言を聞いた貴族たちは、驚いた様子でエルネスト王太子を見つめる。
なぜなら王太子が誰ともダンスをしないことは、皆が知る有名な話だったからだ。
そして、そのことがまかり通っていたのは、国王夫妻が王太子の希望を聞き入れていたからに他ならない。
それなのに、なぜ今夜は王太子の意向を尋ねることなく、息子にダンスを強要したのかしらと訝しく思っていると、王太子がゆっくりと会場を見回し始めた。
その姿はともに踊るパートナーを探しているように見えたため、王太子は本当にどなたかとダンスをするつもりなのかしらと興味を引かれる。
これまで1度も公の場でダンスをしたことがない王太子が、どちらかのご令嬢の手を取って踊ったとしたら、それは今年最大のセンセーショナルな話題になるのは間違いない。
その名誉あるご令嬢は一体どなたかしら。
そんなワクワクした気持ちになっていると、隣にいた兄が小声でつぶやいた。
「茶番だな」
兄の発言の意味が分からずに首を傾げると、反対側にいた父が兄に応えるように小声でつぶやき返す。
「ああ、国王夫妻もグルだな」
よく分からないけれど、既に王太子のお相手は決まっているということだろうか。
そうだとしたら、そのお相手は今夜のことを事前に聞かされているのかもしれない。
前もって調整が行われているとしたらそれは決定的な話で、これまで婚約者を決めていなかった王太子が、いよいよお相手を定められたということかもしれない。
そして、王族の婚姻は高度に政治的な話のため、父と兄は高位貴族として事前に情報を入手していたのだろう。
まあ、本格的になってきたじゃないの! ますますお相手が気になってきたわ。
興奮した気持ちになって王太子の視線を追っていると、なぜだかばちりと目が合った。
びっくりして目を見開くと、緊張した様子の王太子が唾を呑み込む姿が見える。
それから、王太子は私に向かって真っすぐ歩いてきた。
そのため、王太子の進行を邪魔してはいけないと、少し脇に避ける。
けれど、どういうわけか王太子は進行方向を修正して、やはり私に向かって歩いてきた。
「あら?」
どうなっているのかしらと首を傾げているうちに、王太子は私の前まで来ると、数歩先で歩みを止めた。
成り行きが分からずに王太子を見上げていると、彼は緊張した様子ながらとても綺麗な礼を取った。
「ルチアーナ・ダイアンサス侯爵令嬢、私と踊っていただけませんか?」
「……え?」
ぽかんとして間が抜けた声を上げたけれど、王太子は微動だにせず私の返事を待っている。
そのため、どうやら王太子からダンスを申し込まれたのだと遅まきながら理解した。
けれど、どうして私に声が掛かったのかが分からない。
あまりに驚いたためそれ以上声を出すこともできなかったけれど、それは周りの貴族たちも同じだったようで……その場は完全なる静寂に支配された。







