205 ダイアンサス侯爵邸でのお籠り生活 上
―――聖山での戦闘から5日が経過した。
その間、私は兄が宣言した通り、学園を休み続けていた。
そして、現在、ダイアンサス侯爵邸の応接室で、ぐったりとソファにもたれかかっていた。
リリウム魔術学園は自由な校風なので、休むことに問題はなかったのだけれど、侯爵邸に籠りっぱなしの生活に疲れを感じていたのだ。
というのも……。
私は私の隣に座って、何をするでもなくただ私を見つめている兄を半眼で見やる。
「お兄様、先ほどからどうしてずっと私を眺めているんですか? テーブルの上を見てください。お兄様の好きそうな小難しい本がたくさん積んであるんですから、本を読んだらどうですか?」
けれど、兄は興味を示す様子もなく、私の提案をはねつけた。
「やあ、魅力的な提案ではあるが、お前を眺めているのも楽しいものだ」
全く望んでいない言葉を聞いて、私はさらに目を細めると、兄の真意を確認しようと質問を続ける。
「お兄様は私を監視しているんですか?」
「ははは、まさかそんな」
「では、付きまとっているんですか?」
「一体何のために?」
にこやかに問い返してきた兄ではあったけれど、私は先日、兄妹デートで自然公園に行った時のことを思い出していた。
あの時、兄は左腕の欠損を受け入れたと言い、兄のために私が傷付くとしたら何よりも堪えるから、兄の腕を取り戻すために一切何もしないようにと、私に頼んできたのだ。
けれども、私はどうしても兄の言葉を受け入れることができなかった。
兄が腕を失ったのは私のせいだから、私は何としても兄の腕を取り戻さなければいけないと考えていたからだ。
そうしたら、そんな私に兄は脅しをかけてきたのだ。
『お前は気付いていないが、私はお前に関して狭量なのだ。自由にすることができているのは、お前が完全に私の庇護下にあるからに過ぎない。だから、……これだけは覚えておきなさい。お前に何かあれば、私は金輪際、今と同じ自由を与えることはできないことを』
『本当に、分かっているのか? お前に何かあったら、私は金輪際お前に付きまとい続けると言っているのだぞ』
そして、私を自由にする条件として、私に『絶対に傷付かないことを証明し続ける』よう要求し、私は了承したのだ。
にもかかわらず、私はあっさりと全身に火傷を負ったうえ、髪まで短くなってしまった。
これはもう、兄が私に『約束を破ったな!』と詰め寄って、宣言通りに付きまとっても文句が言えない状況だ。
そして、実際に侯爵邸に戻ってきてからの5日間、兄はいつだって私の側にいたので、「付きまとっているんですか?」と思わず尋ねたところ、とぼけられてしまった。
多分、兄は私が正面から話を切り出すのを待っているのだ。
そのことに気付いたため、私はぐっとお腹に力を入れると、覚悟を決めて口を開く。
「お兄様、お兄様の腕を取り戻す際に傷付かないと約束したにもかかわらず、火傷を負ってしまい申し訳ありませんでした。それから、髪が短くなってしまったことも。ですから、約束不履行のペナルティとしてお兄様が私に付きまとうことも、仕方がないことだと思います」
はっきりと事実をつまびらかにすると、兄はやっと頷いた。
「そうだろうとも」
「ええと、だから、お兄様はご自分で宣言した通り、私に付きまとっているんですよね?」
「その通りだ」
「ですが、もう5日も経ったので満足したんじゃないですか。そろそろ私に付きまとうことを止めたらどうでしょう?」
やんわりと提案すると、兄は無言で見つめてきた。
「な、何ですか?」
「そのようなセリフが出てくるあたり、お前はちっとも私の心情を理解していないのだな。私は自分が満足するためにお前に付きまとっているわけではない。目を瞑るたびに酷い映像が浮かび上がってきて、お前が元気でいることが信じられない気持ちになるため、元気に動いているお前を確認したいだけだ」
兄の声が苦し気だったため、私は兄の心情を理解しようと、真顔で兄を見上げる。
「想像してみろ。胸騒ぎがして聖山に駆けつけてみれば、お前は全身を炎に包まれていたのだ。あの時の私の衝撃と苦しみが分かるか? いいや、お前は分かっていないのだったな」
そう言うと、兄は片手で目元を押さえて、疲れ果てたとばかりに手で擦った。
その姿を見て、相当心配させてしまったのだわと申し訳ない気持ちになる。
確かに、突然、私が炎に包まれている場面を目にした兄は、ものすごく仰天したに違いない。
「それは……私が悪かったです。聖獣が怯えていたので、何としてでも助けなければと思い、炎の中に飛び込んだんです。あの時はお兄様との約束は頭から吹き飛んでいました」
「そうだろうとも」
兄は深みのある声でそう言うと、私に向かって両手を伸ばしてきた。
それから、私の体に両手を回して、ぎゅっと抱きしめる。
「お、お兄様?」
突然の行動に驚いて声を上げたけれど、兄は丸っと無視すると、私の頭に自分の頬を擦り付けた。
「ルチアーナ、私はお前の温かい体が好きだ。いつだって元気で、楽しそうに動き回るお前を見ていると、私自身も楽しくなる」
そう言うと、兄は少しだけ顔を上げて私を見つめてきた。
「だから、私からお前を取り上げてくれるな。傷一つ負ってもいけない」
兄の表情は歪んでいるわけでも、泣いているわけでもなかったけれど、なぜだか私はそこに兄の苦しみを見た気がして言葉に詰まる。
そのため、無言で何度もうなずいた。
すると、兄はもう1度顔を近づけてきて、まるで小さな子どもにするかのように、私の額に唇を付けた。
「いい子だ」







